続・瀧口修造と前衛写真(2225)で、瀧口修造が当時、独逸国際移動写真展について触れていない、ということを書きました。この本「瀧口修造と前衛写真」の作者の伊勢功治さんが、その部分に触れていないということだけかもしれませんが、巻末の「瀧口修造 写真関連年表」でも独逸国際移動写真展が記載されていないという徹底ぶりです。
他方、「モダン都市の写真史1923-1944」(モダン都市の写真史1923-1944(2247))の73ページには、次のように記載されています。
独逸国際移動写真展でマン・レイのオリジナルを見て評価した一人は瀧口修造である。「マン・レイMAN RAY」(『フォトタイムス』1931年8月)で瀧口は、「それは物体の無意識の美の発見である。宇宙の物体のメタモルフオズである」と賛辞を捧げた。
こちらが正しいとすると、
・和田博文氏のこの部分の根拠は何か? フォトタイムスの記事にそう書いてあるのか?
・伊勢功治氏はなぜそのことに触れなかったか? 記載するほどの問題ではないと判断したのか? それとも、何らかの理由で意図的に触れなかったのか?
・瀧口修造は、マン・レイ以外について独逸国際移動写真展について、どういう考えを抱いていたのか? それについての記録はないのか?
疑問がたくさんでてきます。
これ以上先に進めるでしょうか?