次の本が刊行されています。
ちくま新書1732
写真が語る銃後の暮らし
太平洋戦争研究会
筑摩書房
2023/06発売
価格 ¥1,430(本体¥1,300)
目次
序章 昭和モダン
第1章 軍靴の音―一九三一(昭和六)年~一九三六(昭和一一)年
第2章 国家総動員―一九三七(昭和一二)年~一九四〇(昭和一五)年
第3章 必勝の生活戦―一九四一(昭和一六)年~一九四三(昭和一八)年
第4章 一億戦闘配置―一九四四(昭和一九)年~一九四五(昭和二〇)年八月一五日
終章 敗戦と占領
この本は、主として次の4つの戦前の写真誌に掲載された写真を使って、当時の歴史や世相を紹介するという本です。
週間『写真週報』(発行・内閣情報部、のち、内閣情報局)1938年創刊
月刊『画報躍進之日本』(発行・東洋文化協会)1936年創刊
月刊『国際寫眞情報』(発行・国際情報社)大正時代創刊
月刊『世界画報』(発行・国際情報社)大正時代創刊
当時のいろいろな写真作品を見ることができるという意味では、興味深い本なのですが、やはり、写真史的な視点が欠けているという点で不満が残ります。その点は、この本の目的とは異なるのでやむをえないのですが、要するに、それぞれの写真作品について、誰が撮影しているのか、写真史の流れの中でどういう位置づけになるのか、が全く明らかにされていません。「あとがき」には、『写真週報』について「取材記者やカメラマンの大半は中央官庁や各府県の専従者で、時々見かける署名入り写真の撮影者も当時の日本を代表する著名なカメラマンや、新聞社所属のカメラマンたちだった。」とまで書かれているのですが、その地点で止まってしまっており、具体的な写真家名は一切出てきません。
ただ、撮影者は不明なままだとはいえ、それぞれの掲載写真について、上記4誌その他の出典(掲載誌および巻号など)を記載しておくべきだったと思います。一部、写真プリントそのものが独立して残っている場合または独立した写真集の場合には、その所蔵先が記載されています、とはいえこれも完全に網羅的に記載されているのかどうかは定かではありません。掲載作品ごとの出典の掲載は、写真史的な観点というより、より一般的に「歴史研究」的な観点からの必要性です。現在の本書のように出典が掲載されていないと、例えば、ある特定の写真作品に関心を持った場合に、その掲載誌を発見しようとしても、ほぼ不可能です。このような問題点は、「歴史研究」の素人である当方が申し上げるまでもないことです。
また、上記4点の雑誌についても、これもこの本の目的からすると仕方ないのですが、この本には「雑誌としての紹介」はまったくありません。例えば、刊行の経緯、その後の歴史(傾向の変化など)、そした最後はどうなったのか、全体で何号刊行されているのか、主体となっている出版社・発行所などの情報、編集者・編集長はどういう人物か、掲載されている写真の写真家は誰か、さらには掲載されている写真のリストなどなど、挙げていけばきりがありません。
例えば、「写真週報」については、以前刊行された、次のような本がありますが、それでも、撮影された対象に基づく、歴史や当時の状況ついての研究が中心であり、ほとんど写真家には焦点が当たっていなかったのではないかと思います。
『写真週報』とその時代 〈上〉 戦時日本の国民生活
『写真週報』とその時代 〈下〉 戦時日本の国防・対外意識
玉井 清・編著
慶應義塾大学出版会
2017年7月
価格 各¥3,740(本体¥3,400)
「写真週報」に見る戦時下の日本
保阪 正康・監修/太平洋戦争研究会・著
世界文化社
2011年11月
他方、写真史に携わっている皆さんに対しては、このような分野・資料についての網羅的な研究がまだまだ不足しているので、今後の展開を強くお願いしたいと思っております。
具体的には、上記の各誌ごとの様々な情報に加えて、
・戦前のグラフ雑誌一覧(上記の4誌を含む)とその全体の流れ・傾向など
・掲載作品の作家一覧とその全体の流れ
など。とにかく、戦前の日本にどんなグラフ雑誌があったのか、その全体像すらまだわからないというのは、大変残念なことです。
例えば、この分野を取り扱った代表的文献である次の3冊の本では、十分にカバーされていません。例えば、上記4誌のうち「写真週報」を除いた3誌については、ほぼ触れられていません(「戦時グラフ雑誌の宣伝戦」には22ページに「国際写真情報」(国際情報社)の誌名だけは出てきますが解説はなし)。ただ、「〈報道写真〉と戦争」と「報道写真と対外宣伝」は、事項索引がないので、完全には確認できていません。
〈報道写真〉と戦争 1930-1960
白山 眞理
吉川弘文館
2014年10月
戦時グラフ雑誌の宣伝戦 十五年戦争下の「日本」イメージ 越境する近代 7
井上 祐子
青弓社
2009年2月
報道写真と対外宣伝 15年戦争期の写真界
柴岡 信一郎
日本経済評論社
2007年1月
繰り返しになりますが、この分野は、写真史的には(写真史的にも)、まだまだ研究者が絶対的に不足しており、ポイントごとの研究にとどまり、全体を網羅している資料はない状態です。
近い将来に、そういう情報が公刊されることを願っています。