>>追加情報:死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001(1850)に続いて、「死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001」の日本語版関連の「追加情報・続」です。
まず、この本の奥付に、翻訳した「オリジナル」として表記されている会社は、「Cassell Illustrated」ではなく、「Quintessence」のほうでした。
また、日本人以外で漢字表記の写真家(20世紀前半まで)が3人含まれているのですが、その3人(3作品)についての情報は以下のとおり。
p101
首枷をつけた中国の囚人(Chinese Prisoners with Cangues)
頼阿芳(ライ・アフォン/らい あほう)Lai Afong
撮影年 1870年頃
撮影地 香港(ホンコン)、中国
フォーマット ガラス板
p245
岩に腰掛ける水着の女性(Woman in Swimsuit Sitting on a Rock)
傅秉常(フー・ビンチャン/ふ へいじょう)Fu Bingchang
撮影年 1929年
撮影地 中国
フォーマット 不明
p300
上海への駅への空爆後、ひとりで泣いている赤ん坊(Lone Baby Crying After Bombing of Shanghai Railroad Station)
王小亭(ワン・シャウティン/おう しょうてい)H. S. Wong
撮影年 1937年
撮影地 上海、中国
フォーマット 35mm
なお、この3人について、巻末の人名索引では、日本語読みではなく、英語読みのほうが選ばれて、その順に並んでいます。
そして、毎度のことですが、名前の欧文つづりとオリジナルタイトル(欧文)が全く掲載されていないのですが、仕方ないのでしょうか? 1001もの作品が掲載されている貴重な本なのですから、欧文の表記もあきらめずにしっかりしてほしかったなと思います。大変残念です。
さらにさらに、No.1629とNo.1638に掲載しましたように、日本人13人の作品がこの本には収録されていますが、その中に、
吉行耕平(よしゆき・こうへい)
という写真家が含まれていますので、記録まで。その2つの投稿の当時は、名前の漢字を調べて掲載する余裕がなかったのかもしれません。
まとめですが、わざわざ日本版(日本語版)を作成する意義(公立図書館に収蔵されやすい、ということ以外)ですが、今回の経験から、以下のとおりと考えます。
・写真タイトルの日本語訳がわかる。単なる「英訳」ではなく、「定訳」がわかるということもある便利さ。(ただし、この本はそうではなさそうです)
・写真家名の漢字以外のカタカナ表記がわかる。ということは、名前の(だいたいの)発音がわかる、ということになります。特に、中欧(旧東欧)の人々の名前の発音は、要注意なので。
・漢字の人名(日本人・中国人)の漢字がわかる。中国人(中国系の人)の漢字は、欧文表記から調べようとしても案外調べきれない場合があるので、助かります。
最後に、今までの本書(ほとんど英語版についてですが、最後の2行は日本語版について)関連の投稿を列挙しておきます。
1555~1557【1001 Photographs You Must See Before You Die】
1558【続1001 Photographs You Must See Before You Die】
1569【1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1570【Re: 1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1575【Re: Re: 1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1576【Re: Re: Re: 1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1628~1630【『1001 Photographs You Must See Before You Die』刊行!】
1631~1634【『1001 Photographs You Must See Before You Die』続報】
1638【『1001 Photographs You Must See Before You Die』刊行!】訂正
1657~1677【掲載作品リスト(1001 Photographs You Must See Before You Die)】
1776~1777【死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001】
1850【追加情報:死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001】(1850)
(日付は記載していませんが、同じ日に投稿した投稿は「~」を使って示しています。)
>>1777、>>1776
(なお、これら2件の投稿は、本部ログ開始(No.1778から)直前の投稿であるため、次のページに掲載しています
http://textream.ikaduchi.com/art.html)
No.1776では、「死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001」について、「A4サイズ2つ折りのチラシ(広げるとA3裏表)が手元にあるのですが、翻訳者や監修者のような日本人の名前が全く見当たらない」(なお、上記サイトでは、未だに不明な理由により、「名」→「吊」に「文字化け」しています)と書きましたが、その後、実物をきちんと見ることができましたので、日本版の関係者名を以下記載します。
翻訳:小川浩一、竹村奈央、風早仁美
翻訳協力:株式会社トランネット
協力:伊藤善資
装幀:田中敏雄(ピースデザインスタジオ)
デザイン:徳永純子
ちなみに「監修者」といった表記は見当たりませんでした。
>>1848
先にご紹介した、「前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義」にちなんで。
日本の場合、シュルレアリスムの豊かさや多様性、さらに広範囲な影響とは対比して、ダダは、不十分な発展にとどまったような感じがします。MAVOやアクションといった動きがあり、豊かではない、とは申しませんが、少なくとも、量的な不十分さがあったとはいえると思います。また、西洋では、それが「正しい」道かどうかは別として、ダダがシュルレアリスムに発展的に解消されたのに対して、日本では、その道だけではなく、例えばプロレタリア美術などに「分裂」したという状況があり、独自性が見られます。
そのような全体像を背景として、「(戦前期の)日本のダダ」と写真、というテーマ設定が可能ではないかと思います。
この時期、1920年代前半は、日本の写真にとっても転換期で、「芸術写真」から「新興写真」に向かっている時期です。淵上白陽の『白陽』創刊が1922年。まさに、日本のダダイストである、岡本唐貴や浅野孟府との接点を持ちつつ、いわゆる「構成派」という表現に向かい、「芸術写真」から「新興写真」への橋渡しをした、と言われています。
ただ、それだけでしょうか? このような、きわめて直線的な「進化」だったのでしょうか? いや、そんなことはありますまい。それは誰でもわかっています。新興写真に向かっていったという大きな流れは間違いないものの、新興写真の思想を取り入れつつ、芸術写真はその後も残り、新興写真も、1920年代のどこかで、急に始まったわけではありません。そういう意味で、1920年代の写真作品を1点1点つぶさに見てみると、「日本のダダと写真」が見えてくるのではないでしょうか? 「ダダイストによる写真作品を探せ」ではなく、「写真の中のダダを探せ」ということです。
従来は、写真史の世界で、そこまで個々の写真作品に深く入っていくということは難しかったように思います。正直なところ、「芸術写真」から「新興写真」へという二分論的な全体像の把握がまず必要で、それ以上深入りは、その後に任せられたのではないか、と。
しかし、すでに、21世紀に入って20年近くがたとうとしています。ここで、「芸術写真」と「新興写真」のはざまを「日本のダダ」という視点で、切り裂くことができるのではないでしょうか? 今まで知られていなかった多くの写真家の作品も参照しつつ(主として、当時の写真雑誌や写真年鑑を渉猟することになるでしょうか)、ダダの観点で照らしてみるということです。それが、日本写真史の直線的でない進行、紆余曲折をあらわにし、逆に「日本のダダ」の特質も見せてくれるのではないでしょうか?
(ちなみに、No.1841でご紹介した「K・P・S.」は1921年ごろ設立だそうです。)
さて、以上のような企画、ぜひともお願いしたいところです。
次の本が刊行されています。
前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義
西野 嘉章
単行本: 956ページ
出版社: 東京大学出版会 (2019/9/25)
¥60,500
これは驚異的な本です。
2016年に刊行された、『前衛誌: 未来派・ダダ・構成主義』(本書と対比させれば、いわば「外国編」、758ページ、¥42,900)の続篇ですね。
しかし、それにしても、著しく高価ですね。「外国編」と比べても高価です。それだけ、手間がかかったということでしょうか?
とはいえ、『大正期新興美術資料集成』(五十殿 利治、滝沢 恭司、長門 佐季、野崎 たみ子、菊屋 吉生、638ページ、国書刊行会、2007/1/1、55000円)』とともに、この分野の専門家にとっては、必携でしょうねえ。いやいや、当方は無理ですが。
ただ、ものがものだけに、書店に置いてあることも期待するのはなかなか難しいですね。図書館(それも、美術館の図書室?)に期待するしかないかもしれません。
目次と著者紹介は以下の通りです。
(「構成主義」の部分が弱いような感じがします。)
目次
●上巻(巻壱[文])
■明治末期のイタリア未来派紹介…………………… 027
独語新聞から「むく鳥通信」へ/高村光太郎の「緑色の太陽」/「未来派の絶叫」と初期舶来資料/日本人画学生と第一回「イタリア未来派画家展」/国内組の動勢
■木村莊八のイタリア未来派交信…………………… 053
「博覧強記」の源泉/イタリア未来派との出会い/イタリア未来派との交信/『現代の洋畫』イタリア未来派特集号/イタリア未来派から後期印象派へ
■大正前期の未来派・表現派受容…………………… 077
與謝野寛と未来派詩/山村暮鳥の詩法/「DER STURM.木版画展覧会」/『銀皿』から『月映』へ/『美術新報』とイタリア未来派/学究たちのイタリア未来派紹介/澤木梢のイタリア未来派/アーサー・ジェローム・エッディ著作『立体派と後期印象派』
■東鄕靑兒のイタリア未来派参画…………………… 119
絵画の道へ/第一回「個人展覧会」/第二回「個人展覧会」から「二科展」へ/第五回「二科展」以降/「トウゴウ・セイジ」の旅程/未来派運動の渦中へ/邦語による未来派「自由語」
■大正中期の立体派・未来派・ダダ文藝紹介…………………… 149
ダダ・立体派文藝論/森口多里のダダ紹介/英国の渦巻派「ヴォーティシズム」/「ヴォーティシズム」と日本人
■ロシア未来派と日本…………………… 171
「日本に於ける最初のロシア画展覧会」/『第一回神原泰宣言書』/「最初のロシア画」巡回展/在日露国人たちの展覧会/ニューヨークのブルリューク
■「未來派美術協會」から「三科インデペンデント」へ…………………… 189
第一回「未来派美術展覧会」/第二回「未来派美術展覧会」/木下秀一郎の『未来派とは?答へる』/画家柳瀬正夢の誕生/「分離派洋畫協會」/柳瀬正夢の「未来主義」/社会主義運動へ/「三科インデペンデント美術展覧会」/ワルワーラ・ブブノワの来日/柳瀬正夢の舞台美術/「マヴォ」へ
■大正後期の未来派・ダダ文藝運動…………………… 227
神原泰の「生命の流動」/神原泰の「後期立体詩」/平戸廉吉の日本未来派詩運動/平戸廉吉の「自由語」/「ダダイスト新吉」の誕生/高橋新吉のダダ詩/辻潤/吉行エイスケのダダ誌/吉行エイスケの『賣恥醜文』/萩原恭次郎の『死刑宣告』/リノカット挿画詩集/アナーキズム詩誌と造形詩/玉村善之助の『エポツク』/『ゲエ・ギムギガム・
プルルル・ギムゲム』
■村山知義と「マヴォ」…………………… 303
デュッセルドルフの「進歩的藝術家国際会議」/「マヴォ」の旗揚げ/「二科展落選歓迎の移動展覧会」/「意識的構成主義」の連鎖展/雑誌『マヴォ』前期/後期『マヴォ』/村山知義の「意識的構成主義」/村山知義の『現代の藝術と未来の藝術』/「マヴォ」の終焉
■大正後期の新興藝術運動…………………… 347
第一回「造形美術展覧会」/第二回「アクシヨン展」/「三科」結成と「無選首都展」/村山知義の構成派舞台『朝から夜中まで』/第一回「三科会員作品展覧会」と築地小劇場版「三科劇」/第二回「三科公募展」/「造型」の結成/「造型」と「ダダ」/第二回「造型展」/「造型」と「新ロシア美術」/「造型美術家協會」/「單位三科」と「劇場の三科」
■神原泰のイタリア未来派研究…………………… 399
『電気人形』/「未来派の勝利」/「未来派劇」と「自由語」/未来派文藝の紹介/未来派の生活・音楽・演劇/『未来派研究及其歴史』/装釘の仕事
■大正末期のドイツ表現派将来…………………… 431
村山知義の「表現派」/ゲオルグ・グロッス受容/一氏義良の『立体派・未来派・表現派』/「欧洲表現派美術展覧会」/「表現派の勝利」/「独逸現代美術展覧会」
■プロレタリア美術運動…………………… 463
プロレタリア文藝のグラフィクス/「プロレタリア美術大展覧会」/「チェコ・アヴァンギャルド」の受容/「新ロシア」文化の流入/唯物論的未来派批判/村山知義の統合的プロレタリア舞台美術論/神原泰のイタリア未来派批判/イタリア未来派の退潮
[結語]…………………… 499
[あとがき]…………………… 505
●下巻(巻弐[図]カラー図版212頁)
[図版]…………………… 002
[註]…………………… 213
[初出一覧]…………………… 279
[図版一覧]…………………… 283
[新興藝術運動関連資料一覧]…………………… 329
[参考文献抄録]…………………… 405
[索引]…………………… 437
西野嘉章: 東京大学総合研究博物館特任教授/インターメディアテク館長
なお、[外国編]の目次もついでに。
目次
上巻[論考編]
はじめに
I 未来派
・カタルーニャの「フトゥリスム」
・ロシアの「フートゥリスティ」
・イタリアの「フトゥリズモ」
・パリにおけるイタリア未来派
・ロンドンにおけるイタリア未来派
・ベルリンにおけるイタリア未来派
・ロシアにおけるイタリア未来派
・日本におけるロシア未来派
・東郷青児のイタリア未来派
・村山知義のベルリン未来派
II ダダ
・チューリッヒ・ダダ
・パリ・ダダ
・ニューヨーク・ダダ
・ベルリン・ダダ
・ボヘミア・ダダ
・バルカン・ダダ
III 構成主義
・ベルリンの国際主義
・低地諸国の構成主義
・ポーランドの構成主義
・チェコ・スロヴァキアのポエティズム
・ハンガリーの行動主義
・ルーマニアの統合主義
・日本の意識的構成主義
・パリのピュリスム
結語
あとがき
下巻
[図版]
[註]
[図版一覧]
[初出一覧]
[参考文献抄録]
[索引]
次の本が刊行されています。
韓国近代美術史: 甲午改革から1950年代まで
洪 善杓 (著), 稲葉 真以 (翻訳), 米津 篤八 (翻訳)
単行本: 348ページ
出版社: 東京大学出版会 (2019/9/28)
¥6,050
いやいや、すごい本ですね。
実物を早く目にしたいものです。
日本との関係、それをバイアスのない形で記述していただいていたらいいのですが。
目次および著者・訳者は、以下の通りです。
目次
日本語版刊行にあたって
はじめに
序章
第1章 複数の美術――開化期
書画時代の延長
新しい「美術」制度と概念の導入
近代的ジャンルの登場
建築の開化
第2章 新美術制度の樹立――1910年代
西洋画家の誕生
書画講習所の設立と後進の養成
書画協会の発足
展覧会美術への移行
「美術」概念の一元化と美術論の台頭
第3章 新美術制度の多様化――1920年代
朝鮮美術展覧会の創設
「東洋画」の誕生と改良
西洋画壇の形成と躍進
彫刻家と建築家・工芸家の出現
書画協会の活動と小集団美術運動の発生
美術批評の台頭と美術論の対立
「韓国美術史」と「韓国美論」の胎動
第4章 東洋的モダニズムの勃興――1930年代
西洋画壇の膨張
郷土色と古典色の追求
東洋画の増殖
彫刻・工芸・建築界の形成
韓国美術の理論的模索
第5章 時局美術の明暗――1940年代
1940年代前半期の美術
大東亜共栄圏と東洋的モダニズムの振興
戦時動員体制と時局美術の台頭
1940年代後半期の美術
左右対立と美術団体の分裂
民族美術の建設と民族美術論の盛行
解放空間の創作
第6章 現代美術への転換――1950年代
1950年代の韓国美術
朝鮮戦争期の美術界の再編と「避難地美術」
国展とアカデミズムの肥大化、そして「朝鮮色」の結実
[著者]
洪 善杓: 梨花女子大学名誉教授/韓国美術研究所所長
[訳者]
稲葉真以: 光云大学助教授
米津篤八: 翻訳家