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開催してほしい展覧会(20世紀前半篇)

3Dスキャナー・プリンターによる美術作品の複製(2217)

3Dのスキャナーとプリンターによる美術作品(絵画、彫刻など)の複製が海外で普及しつつある、というニュースを見ました。

複製作品を展示して実作品のほうを保護することが目的であったり、他館への貸し出し用として制作する、教育のために制作する場合や、所有を目的に複製作品を制作して販売する場合などもあり、使い道は様々あるようです。

個人的には、基本はいいのではないかと思いますが、問題がまったくないわけでもなさそうです。

複製を所有することを、本当に認めていいのか?

複製を美術館で展示することも、認められることなのか?

いずれも、「複製」であることが明確であれば、許されるのだと思いますが、違和感がないわけでもありません。

 

よく考えてみると、従来から、特に「博物館」においては、例えば古代の土器や鉄器について、さらにそれらよりもさらに昔の化石などについて、「レプリカ」というような表現で「複製」を制作することも展示することも、珍しくはなかったと思います。原資料の保護が目的でしょう。

他方、絵画で考えてみると、従来の「複製」は、「写真(図版)」という形で、それこそ無限に存在しました。書籍(展覧会図録を含む)になっている場合もありますし、インターネットでもあふれています(勝手に画像ファイルがコピーされることも完全には防止されていません)。美術館のミュージアムショップなどでは。美術作品のポストカードなど必ず販売されているといってもいいくらいでしょう。さらに、ポストカードよりも大きいサイズの、より印刷の精密な複製作品(ただし写真なので平面)すら販売されていることも多いでしょう。

これらには違和感はありません。仮に書籍のレベルであっても、図版が美しく「所有欲」すら満たす場合があると思います。

 

とすると、3Dのスキャナー・プリンターによる「複製」への違和感の原因は何なのでしょうか?

おそらく、次の2点ではないでしょうか?

1.複製のレベル(特に、作品の立体性の再現。「3D」というくらいですから、それはそうでしょう)が格段によくなっており、本物との区別がつきにくくなっていること、それゆえ、例えば、複製を壁に飾ったとしても、本物を飾ることと比べてあまり遜色がない(だろう)ということ(作品のサイズのことはさておいて)

2.適切な装置を入手できさえすれば(とはいえ、日本の普通の個人が入手できるほどの価格とは思えませんが)、誰でも本物と見まごうほどの複製を制作できてしまうこと

後者については、さらに考えると、無制限に複製を制作をしても大丈夫なのか、という問題がありえます。美術館や博物館などの公的または公的な性格のある機関であれば、もちろん自制するでしょう。例えば、ルーブル美術館が「モナリザ」を大量に何万作も複製して、世界中の美術館や画廊や個人に売りさばく、などということは考えられないでしょう。

しかし、一般の画廊などであれば、すべての画廊に自制が期待できるでしょうか? 欲しいお客さんがたくさんいるのであれば、「ポストカード」感覚で、大量に「複製」したりしないでしょうか? ましてや、個人の所有者にいたっては、制限をかけることすら可能なのかどうかよくわかりません。著作権というものが、このような場合に効果的に役に立つでしょうか? でも、有名な作品は古かったりしてもう著作権など失効していますよね。

さらに、考えすぎかもしれませんが、粗悪な複製品(その分安価である)が出回ったりしたらどうなるのでしょうか? 誰かが止められますか? そもそも「粗悪」とは何でしょうか? 書籍に掲載された作品の写真図版のコピー(画質の悪い白黒コピーなど大量にあるでしょう)や、インターネット上の作品の写真図版のコピーを考えたら(インターネットの場合などは同じ作品でも画像ファイルにより色調が大きく異なることも多く、意図的な色の調整・変更もかなり可能です)、いちいちそれらのコピーのクレームしたり、使用の差し止めをしたりすることはしません。「所詮はコピーだから」という理解が浸透しているのでしょう。そうだとすれば、何をもって「粗悪」と言えるのか、簡単に基準を設定できるとは思えません。

 

今後、この方向がどうなっていくのかについては、注目していきたいところです。

最後に、この「複製」が贋作の補助や助長につながらないことを祈ります。

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Akihoshi Yokoran
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