1点書き忘れていたので、取り急ぎ、No.1958に対する追加です。
公立図書館で借りた電子書籍のコピー(複写)はできるのでしょうか?
一般の書籍であれば、あたりまえですが、コピーは可能です。公立図書館によっては、コピー機が設置されているところもあります。公立図書館の一般の書籍をコピーすることは、通常の利用方法として、当然に想定されています。といいますか、コピーは利用者の権利です。
では、電子書籍では?
パソコンの画面で見ているとして、そもそも、各ページのプリントアウトはできるのでしょうか? できるべきですね。
では、特定のページを電子ファイルとして取り込むこと(ダウンロード)はできるのでしょうか? こちらは難しいかもしれません。「特定のページ」で可能だとしても、取り込みを繰り返したら、全ページの電子ファイルを取り込めてしまうかもしれない。望むらくは、技術的に電子ファイル上の取り込みに制限をかけて、1回の貸出中は書籍の半分しか電子ファイルをダウンロードできない、というような形にすればいいのではないかと思います。ただ、2回借りたら、その制限も意味なくなりますが。
電子書籍については、実際はどういう運用なのでしょうか?
いろいろネット上で調べてみましたが、結局よくわかりませんでした。
なお、一般の紙の書籍では、当方の場合、紙でコピーを取る→PDF化する→コピーした紙を古紙として捨てる、ということをする場合があり、紙の無駄が生じています。この無駄が生じないようにするためにも、電子書籍のコピー(ダウンロード)に道を開いていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
最初に、これは、美術館ではなく、博物館の企画となるでしょう。
今まで、20世紀前半ということで、そのころの絵画や写真を中心に美術全般をご紹介してきているわけですが、今回は、それよりももう少し大きな話です。むしろ、美術を取り巻く環境や背景について、言い方をかえれば「舞台」についてと言っていいでしょう。
今までの発想は、舞台の上に載っている美術に視点を置いてきたのですが、そもそも我々は、その舞台について、わかっていたのでしょうか?
見たことも、ましてや住んだこともない、およそ100年前の日本。それを知らずに、その舞台の上に載っているものを十分に理解できるのでしょうか?
ただ、「見た」ことは、多少あるかもしれません。例えば写真で、そして、当時を舞台にした映画のセットで。
そう、映画のセット、それが今回のアイデアの源泉です。
1920年代、1930年代の日本の街、村、風景を原則実物大の模型を中心に使って再現するのです。そして、当時のくらしを、文字通り体験するという企画です。
当時の人は、どういう家に住み、何をどうやって買い、食事はどういう台所で作っていたのか? 工業製品はどこまで普及し、また、電気(?)、水(井戸)、ガス(薪と竈? ガス灯?)などの、現在でいう「ライフライン」はどうなっていたのか?
東京の商店街はどうだったのか、また銀座や新宿という繁華街はどうなっていたのか? 人の賑わいは? モボモガと呼ばれたであろう彼ら彼女らの服装は?
東京、大阪はもちろん、それらの大都市と地方はどうつながっていたのか? 鉄道や自動車による交通・移動事情はどうだったのか?
ようするに、当時の人々は、何を見、何を聞き、何を体験していたのか?
模型はもちろんですが、地図、CG、VRなどあらゆる技術や手法を用いて当時を体験する、そして、当時の前衛的な美術を生み出すこととなった思想の背景や源泉は何かを探ろうという企画です。戦争に向かう前の大正から昭和初期の時代、いったい何が見えてくるでしょうか?
でも、そういった「ごたく」はともかくとして、単純に100年前を体験できるとしたら、とてもワクワクします。とんでもない誤解がいくつも見つかるかもしれません。
実現させるためには、お金も労力も時間もかかりますが、部分的であっても、実現をご検討いただけたらありがたいことです。そうです、一度に全部を実現できなくとも、継続的に部分部分に分けてシリーズ化することも可能です。
なお、もしも「企画」ではなく、パーマネントな(永続的な)「施設」を目指すのであれば、時期は異なりますが、前例として「明治村」がありますね。
以下は、美術館・図書館の未来(1906)に書いたことのある部分の詳細という位置づけにもなります。
デジタル庁が9月1日に設置されたから、というわけではありませんが、以前から困っていること、新しくて古い問題について書いてみます。
書籍(CDなど他の資料でも同じですが)が公立図書館や美術館等の図書室に所蔵されているか、借りられるのか、閲覧できるのかなどを調べる場合、住んでいる場所の近くの図書館ですぐに見つかればいいのですが、そうでない場合には、インターネット上の個別の図書館・図書室での検索や様々な横断検索をしなければなりません。場合によりますが、その検索回数が10回以上に及ぶことなど、実際にあります。
この状態は、各地方公共団体が、書籍等の検索システムをバラバラに導入し、また、その横断検索すらもバラバラに導入していることが原因であろうと思います。
そして、実は、この実態については、我々一般の利用者側よりも、図書館の職員や司書の皆さんのほうが、むしろ困っているのではないかと思います。
今後の希望ですが、もう書くまでもなく、ほとんど明らかですが、1つのサイトで1回の検索で、すべての情報が手に入る、というシステムの構築です。最近の言葉では、「ワン・ストップ・サービス」でしょうか。「カーリル」を含めて、いろいろと便利なネット上の横断検索はたくさんありますが、1回で検索を終わりにできなければ、意味はありません。検索に時間をかける時代はもう終わりにしたいのです。このようなシステムの構築は、強力なリーダーシップのもとで、多数の機関や団体が管理している膨大な書籍等の情報をいかに統合するかという問題だと思いますが、短時間のうちにこれができなければ、こういう言い方も抵抗はありますが、日本は欧米に負けます。
時間のかかる力仕事の面もありますが、新型コロナの中、働き手は、たくさんいるのではないでしょうか? といいますが、それはAIに適した仕事と言っていいのではないでしょうか?
そして、その「情報統合」「検索統合」はゴールではなく、当然にその先があります。それは、図書館・図書室間の相互連携(相互貸出)です。「その資料は、どこそこの図書館に所蔵されています。あとは、ご自由に直接連絡を取ってください。」ではこれまた意味は全くありません。相互貸し出しをもっと可能にするシステム作りが必要です。一部の「相貸」は実現されていますが、都道府県をまたぐ「相貸」には、まだまだ大きな障害があるのではないかと思います。例えば、北海道の図書館から沖縄の図書館に本を貸し出すなどというのは、手続きも費用(送料)も簡単な問題ではないかもしれません(CDなどは「相貸」自体が全く存在しないと理解しています)。しかし、その点が解決できなければ、「どうぞ、北海道まで見に行ってください」という、この新型コロナのある今後の社会では、ほとんど不可能か、極めて大きな無理を要求することになります。そこも含めて解決していただきたい。
もちろん、一般の公立図書館ではなく、特に、専門の機関の図書室などは貸出不可の資料ばかりだと思いますので、全部対象にせよとは申せません。しかし、貸出できない資料があるのであれば、さらにその「相互貸出」の先には、電子書籍の共有(書籍の電子化による共有)の模索・実現が待っています。
理想的には、国立国会図書館が将来そうなっていくのかもしれませんが、日本全国でただ1つの電子図書館があり、そこが全国からアクセスでき、どこに住んでいようが、いつでも、自宅や勤務先から、およそあらゆる書籍(和書に限られない、著しく貴重な図書も含む)を閲覧することができる、そういう世界が実現してほしいと願っています。とにかく、AmazonやGoogleなどに先を越されないようにしてください。ちなみに、著作権の問題はどう解決するのか、著作者の権利を守るという姿勢を一貫すれば、解決には道が見えるはずです。
実は、同じ問題が、書籍(やCD等)を購入しようとする場合(新刊・古書も含めて)にもおきています。書店、CDショップ、配信サービスなど、やはり、多くのサイトで検索を繰り返さなければなりません。こちらについても、ここでは詳説しませんが、今後、何とかしていただきたいところです。すでに、「価格比較サイト」のようなものがでてきていますが、結局中途半端なものにとどまっているようで、今のところ主流になるのは難しいようです。そもそも、公的、または公的側面のあるサービスとは異なり、「統合」は極めて難しいとは思います。
繰り返しますが、1回の検索で全部がわかる、そのようなシステムの構築を希望しています。
図書館もショップも、いずれも、どうぞよろしくお願いします。
美術書に限らず、少々電子書籍一般で考えてみたいと思います。
公立図書館で電子書籍を取り扱っているところが、少ないながらもあるようですが、具体的にどう取り扱っているのか、自分では体験したことがないので、ほとんど情報がありません。とりあえず、単純に、図書館に行って紙の本を借りるように、Webサイトに行って電子書籍を借りるというサービスだと考えてみましょう。
まず、これは便利です。
図書館に行かなくていい、休館も開館時間も考えなくていい、いつでも借りられる返せる
本を持ち運ぶ手間も負担もない。そして、返却期限になると自動的に返却となる。
大判美術書など、重くて運ぶのが大変だという経験、皆さんはありませんか? 本当は、5冊一度に借りたいが、持ち運べないから1回に1冊に制限しなくてはならないなど、当方はあります。それだけでも、普及してほしい、と思います。
物理的な所蔵スペースもとらない(サーバーの容量とその設置場所は必要であるが、それはスペース的には著しく削減できるでしょう)ので、図書館にとってもかなりのメリットがあるはずです。
しかし、電子書籍について現状を見ると、いいことばかりではありません。
まず、そもそも、美術書に限らず、電子書籍が少なすぎます。
書籍は極端な話、全部電子書籍化すればいいのにと思います。少なくとも新刊については。そうすることができない障害は何でしょうか? もし費用であれば、国が大きく補助することはできないものでしょうか? それとも、著作権の問題でしょうか?
また、電子書籍を取り扱っている公立図書館が少なすぎます。少なくとも、都道府県立の47館については、すべて取り扱うべきです。こちらも、それが不可能な障害は何でしょうか? やはり、費用が障害なのであれば、やはり国が大きく補助すべきではないでしょうか?
少なくとも、現在のように電子書籍が少ない、ということであれば、導入に踏み切らない自治体も多いままではないでしょうか? まずは、新刊・既刊含めて、電子化を徹底して進めるべきでしょう。とりあえずの目標は、新刊・既刊の約8割でしょうか。電子化に関連する業務に携われる人(または企業)も、この新型コロナ化、たくさんいるのではないでしょうか?
電子書籍については、わからないことや今後の希望が山ほどありますが、つづきは、また後日書いてみたいと思います。中途半端ですみません。
突然ですが、美術の研究も時間とともに様々に進展します。
とすると、いろいろな作家の発掘や研究も進んで、いままで取り上げられていない作家の回顧展もどんどんと開催されるようになるでしょうか?
個人的には強く期待していますが、そう簡単にはならないだろうという話です。
まず、当然ですが、毎年無限の数の展覧会が開催されているわけではなく、会場も時間も限られていますので、展覧会の数も限られています。さらに、人気のある作家の回顧展は何年かおきに必ず繰り返し開催されます。20世紀前半でいえば、ピカソとかマティスとかですね。そう考えると、今まで開催されたことのない作家のための、会場の空きなどなかなかないだろうと推測されます。
美術館が増加しているような時期であればまだしも、現在のように、現状維持か、新型コロナの影響でむしろ減少に向かっているのではなないか、という中では極めて難しいでしょう。
さらに、マイナーな作家は、研究上は重要であったとしても、知っている人が多くない、すなわち、集客が見込めないと思われます。その観点からも、やはり展覧会の開催は難しい、と言わざるを得ません。海外の作家であれば、海外から作品を借りてこなければなりませんが、それは、「有名画家」でなくても、貸出料やら運賃やらで、かなりの費用がかかることでしょう。費用はかかって集客は見込めない、開催の可能性はどんどん低くなります。
ただ、絶対に開催されないかというと、そう決まっているわけでもありません。
展覧会が開催されるか開催されないかについては、一般の観客である我々は完全に受け身ですから、開催されることを期待して、辛抱強く待つしかありませんね。
もちろん、その作家の研究を中心に行っている国内の研究者を探し出して、その人にアプローチするという方法もないではありません。しかし、「素人」の相手をしていただけるほど時間に余裕があるとも思えません。やはり、待つしか手立てはないでしょう。
なお、美術館の展覧会ではなく、ネット上のヴァーチャルな展覧会が、こういってマイナーな美術家の回顧展にはピッタリではないか、という点については、大きな可能性もあり、書くべきことも多いと思いますので、また別の機会に。