この本の対象はおそらく戦後のみなのですが、写真史関連ということで簡単にご紹介。
写真を見るということ 外の発見
潮田 文(ウシオダ ブン)
470ページ
青弓社
2019/9/23
¥3,300
目次は、以下の通り。
はじめに
Ⅰ 写真と哲学――外の発見
1 夢の鏡
2 始源への問い
3 視覚の謎
4 〈それは=かつて=あった〉
Ⅱ 写真私史――あるパラダイス
1 風に吹かれて
2 コンポラ写真と私
3 暗箱のパラダイス
Ⅲ 戦後民主主義と写真
1 なぜ、中平卓馬か
2 木村伊兵衛と東松照明
3 日本的「愛のドラマ」
Ⅳ ベンヤミン読解
1 アウラの変容
2 仮象から遊戯へ
3 「言語一般および人間の言語について」読解
4 付・シネマトグラフの研究
あとがき
以上ですが、ちなみに、この作者は、「ALLAN」を創刊した人だそうです。
以前にご紹介した「前衛誌 日本編」ですが、少しですが実物を見ることができました。
これだけの素晴らしい本に対して(しかも、これだけの質・量を一人で執筆しておられる)、何かを書くのは、極めてきためらわれますが、以下、1点だけ書いてみます。
写真についてまとまった記事があればよかったのだが、と思いました。「巻弐[図]」のほうにも、堀野正雄の『終点』という写真集が掲載されていたり、写真雑誌もフォトタイムス、光画、FRONTなど多数掲載されていますが、「巻壱[文]」のほうには、特にまとまった写真についての解説がありません。部分部分で、関係する写真家に触れられている、という程度です。
巻末の人名索引を見てみると、堀野、淵上の掲載が多く、福原、中山がほんの少し、逆にないのは、野島、名取、小石、高山など。物足りないですね。写真に関連して取り上げるべき項目はいろいろとあったはずで、もう少し多くの写真家も取り上げ、「未来派・ダダ・構成主義」と関連付けて、まとまった時代紹介・状況紹介を書くことは可能だったはずです。
(ちなみに、「事項索引」がないのは不便だと思いました。)
最後に、西野さんに期待するのは筋違いかもしれませんが、シュルレアリスムに関しても、同様のタイプの本を作っていただけないかと思います。
いろいろとまとまりなく書きましたが、よろしくお願いします。
>>追加情報:死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001(1850)に続いて、「死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001」の日本語版関連の「追加情報・続」です。
まず、この本の奥付に、翻訳した「オリジナル」として表記されている会社は、「Cassell Illustrated」ではなく、「Quintessence」のほうでした。
また、日本人以外で漢字表記の写真家(20世紀前半まで)が3人含まれているのですが、その3人(3作品)についての情報は以下のとおり。
p101
首枷をつけた中国の囚人(Chinese Prisoners with Cangues)
頼阿芳(ライ・アフォン/らい あほう)Lai Afong
撮影年 1870年頃
撮影地 香港(ホンコン)、中国
フォーマット ガラス板
p245
岩に腰掛ける水着の女性(Woman in Swimsuit Sitting on a Rock)
傅秉常(フー・ビンチャン/ふ へいじょう)Fu Bingchang
撮影年 1929年
撮影地 中国
フォーマット 不明
p300
上海への駅への空爆後、ひとりで泣いている赤ん坊(Lone Baby Crying After Bombing of Shanghai Railroad Station)
王小亭(ワン・シャウティン/おう しょうてい)H. S. Wong
撮影年 1937年
撮影地 上海、中国
フォーマット 35mm
なお、この3人について、巻末の人名索引では、日本語読みではなく、英語読みのほうが選ばれて、その順に並んでいます。
そして、毎度のことですが、名前の欧文つづりとオリジナルタイトル(欧文)が全く掲載されていないのですが、仕方ないのでしょうか? 1001もの作品が掲載されている貴重な本なのですから、欧文の表記もあきらめずにしっかりしてほしかったなと思います。大変残念です。
さらにさらに、No.1629とNo.1638に掲載しましたように、日本人13人の作品がこの本には収録されていますが、その中に、
吉行耕平(よしゆき・こうへい)
という写真家が含まれていますので、記録まで。その2つの投稿の当時は、名前の漢字を調べて掲載する余裕がなかったのかもしれません。
まとめですが、わざわざ日本版(日本語版)を作成する意義(公立図書館に収蔵されやすい、ということ以外)ですが、今回の経験から、以下のとおりと考えます。
・写真タイトルの日本語訳がわかる。単なる「英訳」ではなく、「定訳」がわかるということもある便利さ。(ただし、この本はそうではなさそうです)
・写真家名の漢字以外のカタカナ表記がわかる。ということは、名前の(だいたいの)発音がわかる、ということになります。特に、中欧(旧東欧)の人々の名前の発音は、要注意なので。
・漢字の人名(日本人・中国人)の漢字がわかる。中国人(中国系の人)の漢字は、欧文表記から調べようとしても案外調べきれない場合があるので、助かります。
最後に、今までの本書(ほとんど英語版についてですが、最後の2行は日本語版について)関連の投稿を列挙しておきます。
1555~1557【1001 Photographs You Must See Before You Die】
1558【続1001 Photographs You Must See Before You Die】
1569【1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1570【Re: 1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1575【Re: Re: 1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1576【Re: Re: Re: 1001 Photographs You Must See Before You Dieについて新情報】
1628~1630【『1001 Photographs You Must See Before You Die』刊行!】
1631~1634【『1001 Photographs You Must See Before You Die』続報】
1638【『1001 Photographs You Must See Before You Die』刊行!】訂正
1657~1677【掲載作品リスト(1001 Photographs You Must See Before You Die)】
1776~1777【死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001】
1850【追加情報:死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001】(1850)
(日付は記載していませんが、同じ日に投稿した投稿は「~」を使って示しています。)
>>1777、>>1776
(なお、これら2件の投稿は、本部ログ開始(No.1778から)直前の投稿であるため、次のページに掲載しています
http://textream.ikaduchi.com/art.html)
No.1776では、「死ぬまでに観ておきたい世界の写真1001」について、「A4サイズ2つ折りのチラシ(広げるとA3裏表)が手元にあるのですが、翻訳者や監修者のような日本人の名前が全く見当たらない」(なお、上記サイトでは、未だに不明な理由により、「名」→「吊」に「文字化け」しています)と書きましたが、その後、実物をきちんと見ることができましたので、日本版の関係者名を以下記載します。
翻訳:小川浩一、竹村奈央、風早仁美
翻訳協力:株式会社トランネット
協力:伊藤善資
装幀:田中敏雄(ピースデザインスタジオ)
デザイン:徳永純子
ちなみに「監修者」といった表記は見当たりませんでした。
>>1848
先にご紹介した、「前衛誌 日本編: 未来派・ダダ・構成主義」にちなんで。
日本の場合、シュルレアリスムの豊かさや多様性、さらに広範囲な影響とは対比して、ダダは、不十分な発展にとどまったような感じがします。MAVOやアクションといった動きがあり、豊かではない、とは申しませんが、少なくとも、量的な不十分さがあったとはいえると思います。また、西洋では、それが「正しい」道かどうかは別として、ダダがシュルレアリスムに発展的に解消されたのに対して、日本では、その道だけではなく、例えばプロレタリア美術などに「分裂」したという状況があり、独自性が見られます。
そのような全体像を背景として、「(戦前期の)日本のダダ」と写真、というテーマ設定が可能ではないかと思います。
この時期、1920年代前半は、日本の写真にとっても転換期で、「芸術写真」から「新興写真」に向かっている時期です。淵上白陽の『白陽』創刊が1922年。まさに、日本のダダイストである、岡本唐貴や浅野孟府との接点を持ちつつ、いわゆる「構成派」という表現に向かい、「芸術写真」から「新興写真」への橋渡しをした、と言われています。
ただ、それだけでしょうか? このような、きわめて直線的な「進化」だったのでしょうか? いや、そんなことはありますまい。それは誰でもわかっています。新興写真に向かっていったという大きな流れは間違いないものの、新興写真の思想を取り入れつつ、芸術写真はその後も残り、新興写真も、1920年代のどこかで、急に始まったわけではありません。そういう意味で、1920年代の写真作品を1点1点つぶさに見てみると、「日本のダダと写真」が見えてくるのではないでしょうか? 「ダダイストによる写真作品を探せ」ではなく、「写真の中のダダを探せ」ということです。
従来は、写真史の世界で、そこまで個々の写真作品に深く入っていくということは難しかったように思います。正直なところ、「芸術写真」から「新興写真」へという二分論的な全体像の把握がまず必要で、それ以上深入りは、その後に任せられたのではないか、と。
しかし、すでに、21世紀に入って20年近くがたとうとしています。ここで、「芸術写真」と「新興写真」のはざまを「日本のダダ」という視点で、切り裂くことができるのではないでしょうか? 今まで知られていなかった多くの写真家の作品も参照しつつ(主として、当時の写真雑誌や写真年鑑を渉猟することになるでしょうか)、ダダの観点で照らしてみるということです。それが、日本写真史の直線的でない進行、紆余曲折をあらわにし、逆に「日本のダダ」の特質も見せてくれるのではないでしょうか?
(ちなみに、No.1841でご紹介した「K・P・S.」は1921年ごろ設立だそうです。)
さて、以上のような企画、ぜひともお願いしたいところです。