20世紀前半の写真を一言で言うと「近代写真」となりますが、(欧米における)「近代写真の始まりとは?」、そういう展覧会の企画はいかがでしょうか?
そのためには、そもそも近代写真とは何か?、を検討せねばなりません。
一般に、アルフレッド・スティーグリッツが「近代写真の父」と呼ばれることが多いと思います。有名な「三等船室」(The Steerage)は1911年ですから、この頃には、「近代写真」が始まっていたといえるでしょう。
ただ、これは、近代写真=ストレート・フォトグラフィ=ピクトリアリスムではないもの、という定義を前提にしているのではないでしょうか? この流れに、ポール・ストランドがおり、f64のアンセル・アダムスやエドワード・ウエストンが続くと。
しかし、それだけでいいのでしょうか?
例えば、眼をヨーロッパに転じてみるとどうでしょうか?
ヨーロッパで「近代写真の父」に該当するような写真家がいるでしょうか?
そもそも、ヨーロッパの場合、「近代写真」はストレートフォトグラフィだけではなく、むしろ、フォトグラム・フォトモンタージュといった技法を大きく活用した、極めて造形的・幻想的・構成的な作品も含まれています。
有名な、1929年の「Film und Foto」 (Internationale Ausstellung Film und Foto、ドイツのシュトゥットガルトで、ドイツ工作連盟の主催で開催)の写真部門でも、その両方の傾向の作品が含まれていました。後者の造形的・幻想的・構成的な作品の傾向のほうが強いといってもいいくらいです。
アメリカでもそういった造形的・幻想的・構成的な傾向の作品はありますが、20世紀前半においては、ヨーロッパに比べて明らかに弱い。しかも、アメリカでは、ストレート・フォトグラフィよりも時間的に相当に遅れて現れてきたといえるのではないでしょうか? アメリカのこの分野の写真家名は、1920年代、1930年代では、挙げることが難しいように思います。ヨーロッパから亡命してきた美術家たちの到着を待たないといけないのかもしれません。または、第二次世界大戦後を待たないとだめかもしれません。ヨーロッパにおけるこの分野の非常な豊かさとは対照的なアメリカの状況は、何を意味するのでしょうか? もしかすると、アメリカにおいては、フォトグラム・フォトモンタージュなどは「近代写真」という一般的なイメージからはかけ離れているという可能性すらあります。
こう書くと「ストレート・フォトグラフィ」と「フォトグラム・フォトモンタージュなどを用いた造形的・幻想的・構成的な作品」の2つの傾向は明確に分けることができそうにも見えます。しかし、シュルレアリスム(≒ノイエザッハリッヒカイト)という視点から見ると、そう簡単に分けられないのではないかという感じもします。そこにあるものをあるがままに撮影していたとしても、その画面から、シュルレアリスム的なもの、ノイエザッハリッヒカイト的なものが自然と立ち現れることがままあるからです。
さあ、そこで、ヨーロッパの「近代写真の父」が誰かですが、あるいは、ウジェーヌ・アジェなのかもしれません。アジェ本人は、冷静なまなざしで、パリの街角を撮り歩いただけのつもりだったのかもしれませんが、その作品からは、シュルレアリスムやノイエザッハリッヒカイトの色彩が濃厚に感じられること、周知の事実です。いずれにしろ、明らかに、ピクトリアリスムからは隔絶した世界です。なお、アジェがパリを撮影したのは、19世紀から20世紀への世紀の変わり目の頃からですが、他方、近代的なフォトグラムの創始者をクリスチャン・シャド(クリスチャン・シャート)のSchadgraphとするなら1919年ごろ、フォトモンタージュのほうは、(起源はキュビスムのコラージュにあるとしても)未来派かダダから始まったとみて、早い方の未来派のアントン・ブラガーリア(Anton Giulio Bragaglia)のFotodinamismo futuristaなら1911年、しかし、シャドやブラガーリアを「近代写真の父」と呼ぶことはあまりないのではないでしょうか? そうだとしたら、それは何故なのでしょうか?
このような視点で、欧米における「近代写真の始まり」を探る企画。開催していただけないものでしょうか?
欧米2地域が「近代写真」において、どういう関係にあるのか、影響をどう与え合っているのか、何故欧米でかなりの違いが生じているのか(もしかすると、ヨーロッパでは「近代写真」というくくりも困難な状況なのかもしれません)、など非常に興味深いことです。また、「日系」という観点から、アメリカでのサダキチ・ハートマンの「近代写真」における役割にも言及していただきたい。スティーグリッツよりも前に、近代写真の成立にある種のかかわりがあるようなのですが、実際にどのような役割を果たしていたのか、詳細に紹介していただきたいところです。
どうぞよろしくお願いします。