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開催してほしい展覧会(20世紀前半篇)

浪華写真倶楽部会報(2030)

以前ご紹介したかもしれませんが、インターネット上で浪華写真倶楽部(団体自体が現在も存続中)のウエブサイトというものが存在して、戦前の会報(1929年の1号から1943年の34号まで(ただし、29号は「欠」))も掲載されています。

さすがに会報の全ページが掲載されているわけではありませんが、戦前の会報のうち「印画」(写真作品図版)は、ほとんど掲載されているのではないでしょうか?

https://naniwa-shashin-club.com/index.php?pagina=13&jiki=senzen

 

掲載されている内容が貴重だということは無論ですが、こういうように掲載していただくということ自体が、非常にありがたい。

他の戦前の美術・写真関係の雑誌・会報などについても、図版・記事などを掲載していただきたいところです。極端な話、目次だけでもいいのです。大きな手掛かりになりますので。

戦前の日本の美術・写真の情報は、未だにあまりに少なすぎます。あらためて、国立国会図書館の「国立国会図書館デジタルコレクション」の今後にも期待したいですが、それだけではいつまでたっても足りないでしょう。

個別の資料を所蔵なさっている各図書館、図書室等の機関の皆さんには、独自の公開を、ぜひ、ご検討いただきたいところです。

 

ちなみに、これら浪華写真倶楽部の戦前の会報を見ると、その多くの部分で、小石清が非常に積極的に、中心と言っていいほどのかかわりをしているという印象を受けます、あまりそういうことを知らなかったので、非常に意外です。

他方、「光画」(1932年~1933年)には小石清の作品が1点も掲載されていないということが以前から不思議だったのですが、この時期、会報に限らず、浪華写真倶楽部の諸活動に、かかりきりだったということなのかもしれません。そのため、それ以外の活動のための余力がなかったということかもしれません。確かに、作品傾向としては参加していてもおかしくない「丹平写真倶楽部」や「アヴァンギャルド造影集団」にも参加せず、「浪華写真倶楽部一筋」とでもいうような状況にあったわけです。

ただ、皮肉かつ意外なことに、このように「ストイック」であった小石清が、徐々に日本政府のほうに絡めとられていくことになります。

 

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Akihoshi Yokoran
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