忍者ブログ

開催してほしい展覧会(20世紀前半篇)

日本人美術家のパリ(2063)

半年近くも前ですが、次の労作が刊行されています。

 

日本人美術家のパリ 1878-1942

和田 博文

平凡社 2023.2

 

復刻などでもご活躍の和田さんですので、期待通りといいますか、幅広い資料から丹念に情報を集めて、膨大な量をまとめておられます。

 

ただ、次の2点が気になりました。

 

1点目は、和田さんご本人のことというよりは、この書籍をふまえて、続く皆さんが出てくるかという問題ですが、やはり、個々の項目や作家についての掘り下げが足りないと思います。それは、60年余りの期間を1冊の本にまとめ上げるのですから、無理もありません。

やはり、この本をふまえて、それぞれの時代、各テーマ等をどう掘り下げていくか、今後に(他のかたに)期待したいと思います。

なお、レジェに学んだ坂田一男の名前が全く登場しないことは、腑に落ちませんが。

 

もう1点は、写真家(写真師)の取扱いです。どうしても、画家(と版画家・彫刻家)に情報が集中しています。この期間のパリにいた日本人写真家もいるわけですが、ほぼまったく触れられていません。(なお、とともに、デザイン系も弱い。例えば、里見宗次も、本当にただ触れられているだけという程度です。)

 

このスレで出てきそうな写真家たちで考えてみましょう。まず、中山岩太が1920年代半ばにはパリにいましたが、まったく触れられていません。巻末の年表にも名前が見つかりません。

 

続いて、福原信三がパリにいました。『巴里とセイヌ』(1922年)という写真集があるくらいですから。しかし、中山岩太と異なり、「写真家」としての渡仏ではなく、1908年アメリカのコロンビア大学薬学部に留学し、その卒業後1年間にわたりヨ-ロッパ各地を歴訪した(1913年帰国)、ということのようです。福原信三については、この本にも実は名前が出てくるのですが、①帰国後に、パリにいた画家・川島理一郎についての紹介記事を書いたということ、②ヨーロッパから持ち帰った絵画作品を、1932年に日本での展覧会(西洋近代絵画展覧会)に貸し出したということ、のみで、「写真家」としての活動とは全く関係がありません。しかし、パリでの活動は間違いなくあるはずですから、それをまとめることが可能なはずです。むしろ、「福原信三」に関する調査の中で、別途すでにまとめられているのかもしれません。

 

最後に、No.2025でご紹介した森二良(森亮介)さんが、1930年代のパリにいて、実際に写真家として活躍していました。しかし、この本では触れられていません。

 

確かに、20世紀前半の写真家は、中山岩太や森二良のような例はまれで、ほとんどが福原信三のようなアマチュアですから、「写真家」がパリに行っている例がまれなんだろうと思います。

 

と書いていると、実はこの本の中に、その愚かな推測を覆す記述、、新興写真ばかりに注目している当方が陥りそうな間違いに気づかされる記述がありました。

この本の398ページに「パリ在留日本人数と日本人美術家数等(19071940年)」という表が掲載されています。当時の外務省の統計情報をまとめた資料ですが、そこに「職業別名称」があって、「写真師、画家」というものと「画家、彫刻家、音楽家、写真師」というものが記載されています。その名称に分類された人の中で、実際に「写真師」が何人含まれているのかは不明ですが(ゼロかもしれません)、そういう分類名称があったということは、写真師でパリまで来ていた人(留学なのか、パリの写真館での研修なのか、理由は不明として)がいたのではないかということが推測されます。

ということで、このあたりの「パリに滞在した写真師」の情報を探り出していただける研究者が続くことに期待したいと思います。究極的には、「日本人写真家たちのパリ」として結実させていただきたいところです。

 

ということで、気になる点だけを書きましたが、この書籍の価値を否定するつもりはなく、ぜひ、実際に手に取って中身をご覧いただきたいと思います。

拍手[0回]

PR

コメント

プロフィール

HN:
Akihoshi Yokoran
性別:
非公開

P R