次の展覧会が開催中です。
鉄道と美術の150年
東京ステーションギャラリー
2022年10月8日(土) - 2023年1月9日(月・祝)
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202210_150th.html
また、同展の展覧会図録という位置づけで、次の書籍も刊行されています。
鉄道と美術の150年
東京ステーションギャラリー
左右社
2022/10発売
価格 ¥2,970(本体¥2,700)
一見、このスレのテーマとは交差しないようにも思えますが、例えば、上記の東京ステーションギャラリーのウエブサイトを見ていただくと、次の作品が含まれていることがわかります。
田中靖望《機関車》1937年(プリント2017年)、名古屋市美術館
また、戦後の作品になりますが、同展のチラシ(2種あるうちの1種?)に使われている作品は、次のシュルレアリスティックな雰囲気をもつ作品です。
中村宏《ブーツと汽車》1966年、名古屋市美術館
さらに、出品作品リストを見ると、
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/pdf/list_202210_150th.pdf
戦前の写真作品だけでも、上記田中靖望に加え、淵上白陽、古川成俊、岩佐保雄、石川光陽の作品が含まれています。
非常に面白いですね。確かに、もともと、東京ステーションギャラリーは写真作品の展示に力を入れていて、過去にも戦前にも活躍している写真家の写真展を何回か開催して来ておりますので(桑原甲子雄(1995年)、植田正治(1993年他)、山本悍右(2001年)、石川光陽(2010年)など)、今回の展示で写真を選択するということは、不思議なことではありません。2006年には「昭和の鉄道写真100景-復興から高度成長へ」という企画すらありました。
ただ、この企画に、戦前の写真作品が含まれているということが、すぐにわかるでしょうか? 何らかの手段で、容易にわかるような宣伝をしていただきたいところです。当方の場合には、むしろ、書店で左右社の本をたまたま見て、やっと気づいたというところですね。
本展のチラシに、少なくとも田中靖望の写真作品図版が掲載されているではないか、それを見ればわかるではないか、とは言えますが、そのチラシは、いったいどこで入手できるでしょうか? 東京ステーションギャラリーの前でしょうか? 例えば、東京ステーションギャラリーにすぐに手が届きそうな、東京駅の構内だったら、どこにチラシが置いてあるでしょうか? 言わんとしているのは、改札を出なくても、チラシを入手できるところがあるか、あるとして、その場所が、多くの人にすぐにわかるようになっているのか、ということです。少なくとも、当方は、東京駅構内の丸の内北口改札あたりで探しましたが、発見することができませんでした。目と鼻の先に東京ステーションギャラリーがあるのですが、改札を出て切符を無駄にしたくなかったので、改札に阻まれて、結局チラシを入手することはできませんでした。
もちろん、あらゆるJRの駅にチラシを置くべきだなどとは思いません。しかし、会場の前だけにしかチラシがない(あるいは、他にはどの場所にチラシが置いてあるのか不明である)という状態なのだとしたら、本来チラシは会場に来てもらうための配布しているものなのに、会場に来ないとチラシがもらえない、という本末転倒の状態になっていることになります。
すぐそばなのですから、少なくとも東京駅構内に目立つような場所(できれば、複数の場所)にチラシを置くなど(その場所を目立たせるために本展のポスターも活用すればいいと思います)、今後は、もう少し、宣伝に工夫をしていただきたいところです。
最後に、「ウエブサイトに情報を掲載しているからいいではないか」という考えもあることでしょう。しかし、この考え方には、その内容を膨大な情報の中から果たして発見できるのか、という問題があります。が、そのことについては、まだ十分に整理しきれていないため、後日、書いてみたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
少し前ですが、次の本が、昨年2021年の末に刊行されています。
日本の絵本100年100人100冊
Japanese Picturebooks: 100 Years, 100 Illustrators, 100 Books
広松由希子
玉川大学出版部
2021年
7700円
装丁:中浜小織(annes studio)
協力:三嶽一(Felix)
編集・制作:株式会社 本作り空Sola(https://solabook.com)
日本の絵本の歴史100年を、100人100冊の絵本で紹介する本。見開き2ページで1冊という、とても見やすい本です。それぞれの絵本について、作者、出版社等の情報も掲載されており、英語表記もあり、基礎的な資料として十分なつくりとなっています。
絵本は、画家、デザイナー、そしてイラストレーターがクロスオーバーする、ある意味、ルールもほとんどないような、自由で不思議な世界。また、原作者というか、「おはなし」を作っている人が別にいる場合も多いという、非常に複合的な世界です。
この本は、見ているだけでも楽しめますし、「ああ、この絵本昔見たことがある」という自分の記憶や体験とも重ね合わせることもできます。
目次がネット上にあるかと探してみましたが最初の部分しか発見できませんでした。これくらい、出版社がデータを持っているはずですから、全部掲載していただければいいのにと思います。足りない部分を補って、以下、1950年まで掲載いたします。
(1950年で区切らなければならない理由が、絵本の場合、より乏しいように感じますが、全部を入力するほどは元気がありません。)
1.1912 杉浦非水『アヒルトニワトリ』 小さな宝石箱
2.1913 岡野栄『おひなさま』 手工と絵ばなし
3.1923 竹久夢二『どんたく繪本1』 夢見る文字なし絵本
4.1925-28 村山知義『3びきのこぐまさん』 時代を超えるモダン
5.1927 武井武雄『おもちゃ箱』 おもちゃ王国の隆盛
6.1929 深沢紅子『ヨイコチャンノニッキ』 ハイセンスな児童画
7.1930 川上四郎『オトギカハリヱ ソンゴクウ』 三拍子のアニメーション
8.1934 谷中安規『王様の背中』 夢と奇想の版画
9.1937 夏川八郎(柳瀬正夢)『米』 輸入と創造
10.1937 初山滋『たべるトンちゃん』 線と戯れて
11.1941 恩地孝四郎『マメノコブタイ』 戦意とギャップ
12.1942 小山内龍『山カラキタクマサン』 素朴と憂い
13.1946 黒崎義介『トケイノハナシ』 安心を伝える仙花紙絵本
14.1948 茂田井武『あたらしい船』 万物が生きている
15.1950 由良玲吉『中を見よう』 現代絵本の夜明け
(中略)
絵本年譜(1870-2020)
索引
参考文献
参考文献を見ていましたら、『こどもの本・1920年代展』(1991年)が掲載されていて、懐かしく感じました。
2020年代の視点から、戦前の部分をもっと深彫りするような著作もお願いしたいところです。
なお、最後に、絵本というものは、よくご存じの方も多い思いますが、視覚的な要素とともに、その背景にある「教育思想」が重要であり、実は、その教育思想に尽きてしまう可能性すらあるという点に言及しておかねばなりません。しかし、ここでは、当方の力不足もあり、その点についてはこれ以上立ち入らないこととといたします。「教育思想とデザイン」、何と深く広大な世界であることか。
20世紀前半の写真を一言で言うと「近代写真」となりますが、(欧米における)「近代写真の始まりとは?」、そういう展覧会の企画はいかがでしょうか?
そのためには、そもそも近代写真とは何か?、を検討せねばなりません。
一般に、アルフレッド・スティーグリッツが「近代写真の父」と呼ばれることが多いと思います。有名な「三等船室」(The Steerage)は1911年ですから、この頃には、「近代写真」が始まっていたといえるでしょう。
ただ、これは、近代写真=ストレート・フォトグラフィ=ピクトリアリスムではないもの、という定義を前提にしているのではないでしょうか? この流れに、ポール・ストランドがおり、f64のアンセル・アダムスやエドワード・ウエストンが続くと。
しかし、それだけでいいのでしょうか?
例えば、眼をヨーロッパに転じてみるとどうでしょうか?
ヨーロッパで「近代写真の父」に該当するような写真家がいるでしょうか?
そもそも、ヨーロッパの場合、「近代写真」はストレートフォトグラフィだけではなく、むしろ、フォトグラム・フォトモンタージュといった技法を大きく活用した、極めて造形的・幻想的・構成的な作品も含まれています。
有名な、1929年の「Film und Foto」 (Internationale Ausstellung Film und Foto、ドイツのシュトゥットガルトで、ドイツ工作連盟の主催で開催)の写真部門でも、その両方の傾向の作品が含まれていました。後者の造形的・幻想的・構成的な作品の傾向のほうが強いといってもいいくらいです。
アメリカでもそういった造形的・幻想的・構成的な傾向の作品はありますが、20世紀前半においては、ヨーロッパに比べて明らかに弱い。しかも、アメリカでは、ストレート・フォトグラフィよりも時間的に相当に遅れて現れてきたといえるのではないでしょうか? アメリカのこの分野の写真家名は、1920年代、1930年代では、挙げることが難しいように思います。ヨーロッパから亡命してきた美術家たちの到着を待たないといけないのかもしれません。または、第二次世界大戦後を待たないとだめかもしれません。ヨーロッパにおけるこの分野の非常な豊かさとは対照的なアメリカの状況は、何を意味するのでしょうか? もしかすると、アメリカにおいては、フォトグラム・フォトモンタージュなどは「近代写真」という一般的なイメージからはかけ離れているという可能性すらあります。
こう書くと「ストレート・フォトグラフィ」と「フォトグラム・フォトモンタージュなどを用いた造形的・幻想的・構成的な作品」の2つの傾向は明確に分けることができそうにも見えます。しかし、シュルレアリスム(≒ノイエザッハリッヒカイト)という視点から見ると、そう簡単に分けられないのではないかという感じもします。そこにあるものをあるがままに撮影していたとしても、その画面から、シュルレアリスム的なもの、ノイエザッハリッヒカイト的なものが自然と立ち現れることがままあるからです。
さあ、そこで、ヨーロッパの「近代写真の父」が誰かですが、あるいは、ウジェーヌ・アジェなのかもしれません。アジェ本人は、冷静なまなざしで、パリの街角を撮り歩いただけのつもりだったのかもしれませんが、その作品からは、シュルレアリスムやノイエザッハリッヒカイトの色彩が濃厚に感じられること、周知の事実です。いずれにしろ、明らかに、ピクトリアリスムからは隔絶した世界です。なお、アジェがパリを撮影したのは、19世紀から20世紀への世紀の変わり目の頃からですが、他方、近代的なフォトグラムの創始者をクリスチャン・シャド(クリスチャン・シャート)のSchadgraphとするなら1919年ごろ、フォトモンタージュのほうは、(起源はキュビスムのコラージュにあるとしても)未来派かダダから始まったとみて、早い方の未来派のアントン・ブラガーリア(Anton Giulio Bragaglia)のFotodinamismo futuristaなら1911年、しかし、シャドやブラガーリアを「近代写真の父」と呼ぶことはあまりないのではないでしょうか? そうだとしたら、それは何故なのでしょうか?
このような視点で、欧米における「近代写真の始まり」を探る企画。開催していただけないものでしょうか?
欧米2地域が「近代写真」において、どういう関係にあるのか、影響をどう与え合っているのか、何故欧米でかなりの違いが生じているのか(もしかすると、ヨーロッパでは「近代写真」というくくりも困難な状況なのかもしれません)、など非常に興味深いことです。また、「日系」という観点から、アメリカでのサダキチ・ハートマンの「近代写真」における役割にも言及していただきたい。スティーグリッツよりも前に、近代写真の成立にある種のかかわりがあるようなのですが、実際にどのような役割を果たしていたのか、詳細に紹介していただきたいところです。
どうぞよろしくお願いします。
1回の検索で、日本全国の公立図書館の検索ができないものでしょうか?
カーリルの「カーリルローカル」という、「地域資料」向けというサイトで、都道府県ごとに検索ができます。
「地域資料」向けとはいえ、実際には、それを超えて、どのような資料でも検索できるようです。
しかし、都道府県別ですので、日本全国を検索するには47回の検索が必要になります。
1冊の本を探す時ならば47回で済みますが、10冊の場合には470回、50冊の場合には2350回、100冊の場合には4700回となります。
「国立国会図書館サーチ」に「公共図書館蔵書」というものもありますが、
検索結果を見る限り、全国の公立図書館を網羅しているとは全く思えません(どの範囲の公立図書館が含まれているのか、ネット上で調べてもよくわからない、という点も驚くことです)。上記「カーリルローカル」のほうが、対象範囲という意味ではましではないかと思います。
何とか、1回の検索で、日本全国の公立図書館の検索ができるようになってほしいものです。
より実際的には、公立図書館だけではなく、各美術館・博物館の図書室や、大学などの研究機関の図書室や、私立の図書館・図書室(例えばJCIIや石橋財団アートリサーチセンターなど)も併せて、1回の検索ですむようになることが希望です。
時間がたつにつれて徐々に進行しているのではないかとも思いますが、切実な願いです。なるべく早く、ぜひ当方が老いて死ぬ前に、どうぞよろしくお願いいたします。
かつて「アトリエ」(Aterier)という雑誌がありましたが、その中で、戦前に刊行された有名な号に1937年6月号(14巻6号)の「前衛絵画の研究と批判」という特集号があります。
この特集号の内容については、いろいろと書きたいところですが、今回は、写真図版が掲載されている写真家、森二良(もりじろう)についてのみ。
この号には、海外の画家の絵画作品図版が多数掲載されています(日本人では絵画では岡本太郎のみ)。図版の最後の部分には、写真作品の図版も掲載されていて、その作家は以下のとおり。
マン・レイ・7点
瑛九・3点
森二良・2点
フラツセ・1点
北尾淳一郎・1点
なぜ、これらの写真家が選ばれているのか? マン・レイは有名だったということかもしれませんが、他はどうでしょうか? 北尾淳一郎という選択も何が理由なのでしょうか?
実は、この雑誌のどこかに、掲載されている図版についての解説があるのかもしれませんが、手許にこの雑誌があるわけではないので、確認ができません。容易に見られるように、この雑誌の全体を複製して、書籍として刊行していただきたいところです。雑誌記事の「複製刊行」という例は実際ありますので、まったく不可能ということでもないと思います。複製刊行に値するくらいの重要性があると思います。残念ながらアトリエのこの号(というか戦前の号)は国立国会図書館には所蔵されていませんので、先にご紹介した「国立国会図書館デジタルコレクション」では見ることはできません。なお、すでにこの号の複製が存在するのであれば、それを教えていただきたいところです。
さて、作家を見てみますと、まず、「フラツセ」というのが誰かわかりません。カタカナ表記が戦前のものなので、間違っている(現在の通常の記載方法とは異なる)可能性もあります。間違いをおそれずにアルファベットにすれば「Frasse」でしょうか? スウェーデン系の名前でしょうか? 検索をいろいろとしてみましたが、よくわかりませんでした。
そして、森二良という人の名前も初耳です。幸い、図版が掲載されているページに経歴が記載されています。以下のとおりです(旧字は新字体に変更しました)。
森二良氏 1928年アメリカに遊学、ニコラス・ミライ(写真
家)に学ぶ後。巴里に渡り、プランタン、ヌーボー等の百貨
店に勤務、更に独逸に行きノートルダム附近に工房を設立・
1935年以降巴里に於ける諸雑誌の口絵制作に当たり、超現実
風の写真を発表している。 32才
「ニコラス・ミライ」というのは、Nickolas Muray(1892-1965)のことのようです。
当たり前ですが、この経歴では、森二良さんが、その後、どう活躍なさったのかはわかりません。
この写真家のお名前を耳にしたこともなかったので(経歴が図版に部分に記載されているということは、おそらく、この当時知名度はあまりなかったということを示しているのでしょう)、あまり期待せずにネット検索してみたところ、驚いたことにかなり詳細な情報が見つかりました。別名・森亮介。明治38年(1905年)5月17日~昭和63年(1988年)5月30日。
https://shashinshi.biz/archives/2865
https://kokeshiwiki.com/?p=7872
何と、こけし店である「たつみ」という店の店主に転身し、こけしの普及に非常に大きく貢献したということです。なお、この店「たつみ」は、ご本人が没した時点では東京都あきる野市にありましたが、現在はもう閉店しているとのことです。
最初「こけし」の文脈で「森二良」という名前が出てきたのを見たときは、同名別人だと勝手に思い込んでしまいました。軽率に思い込んだことについて、深く反省せねばなりません。
また、次の本で森二良について紹介されているとのことですが、写真家としての活躍については、「こけし以前」の経歴として簡単に触れられているのに過ぎないのではないか、と思います。図書館で広く所蔵されているという本ではなさそうですが、探してみるようにします。
佐藤光良/技の手紙 森亮介のこけし追及/みずち書房/1986
おそらく写真家をやめて、こけし販売に情熱を傾けたおかげで、本まで刊行されることになったということなのではないでしょうか。逆に言えば、個人的には皮肉に感じますが、写真家を続けていたら、そうはならなかったのではないか、と。「転身」は正解だったということでしょう。
最後に、アトリエのこの号の目次ですが、図版の一覧も掲載されていますが、正確ではありません。目次には、森二良も北尾淳一郎もフラッセも名前がありません。そういうことがあるから、過去の雑誌の目次の正確性にも要注意です。
以下、アトリエの目次のページと森二良の図版のページのpdfファイルをリンクしておきます。