久しぶりに飯沢耕太郎さんの本が刊行されました。
20世紀前半に限定された本ではありませんが、年末年始に実施している「戦前の写真史に関する5大ニュース」に入ることは、もうすでに確実ですね。
写真集の本 明治~2000年代までの日本の写真集662
飯沢耕太郎 文
打林俊 文
中村善郎 構成
カンゼン
2021年10月5日発売
税込2420円
それにしても、662冊はすごい。
ちなみに、出版社「カンゼン」は全く聞いたことがない名前ですが、いったいどういう出版社なのでしょうか?
Amazonで目次がすべて見られるので、実物がなくても概要がわかりますのでご覧ください。類書はなく、必携であることは間違いありません。
しかし、他方、いくつか不満もあります。とりあえず3点を書きます。
・まず、金子隆一さん亡き後、このような本を制作することは、もはや飯沢さんしかできない、という状態かと思います。しかし、飯沢さんは、こういう啓発的な本ではなくぜひ日本写真史通史の執筆を優先してほしかった。なお、ご執筆予定の通史については、No.1637【飯沢耕太郎・小学館・全4巻】をご参照ください。
このような啓発的な日本写真史の本は、他に制作できる人が本当にいないのでしょうか? 啓発的な本は、たとえば、今回の共著者である打林さんなどの後進のかたにお任せしてよかったのではないでしょうか?
ただ、巻頭の「写真集の日々」の中に、「いま『日本写真史』を総ざらいする本の編集作業をを手伝ってもらっている打林俊さんに…」とありましたので、『日本写真史』のほうも動いていることがわかり、うれしくなりました。期待しております。
・ご本人のコレクションからということで、さすがに網羅的ではありません。例えば、小石清の「初夏神経」、恩地孝四郎の「飛行官能」、下郷羊雄の「メセム属」などが含まれていません。また、展覧会カタログなどは対象になったり対象になっていなかったりします。ただ、目次によれば、巻末の「シリーズ」に「日本写真史の至宝」ありますので、「初夏神経」などはその中に含まれていますね。
・掲載されている写真集は、1ページにつき複数、場合によっては1ページに6点という場合もあり、B5というサイズも考慮してやむを得ないかと思いつつも、実物を拝見すると、これはやはりだめだな、と思います。情報量が少なすぎるとともに、写真集からの転載図版があまりに小さすぎて、何が何だかわかりません。転載は小さい図版でも必要だったと思いますが、この小ささでは、さすがにその感じもつかめないのではないでしょうか。ページ数を増やして1ページ1点でお願いしたかった。ただ、そうすると、最低662ページになりますから、おそらくちょっと値段が張りますね。ページが現在の211ページの3倍以上になりますから、値段が倍としても5000円、もう少し多く見積もって6000円。個人的にはそれでも購入すると思いますが、一般的には少しきついか。でも、他方の『日本写真史』の本は、当初の予定通りもし全4巻ならば、4巻で6000円くらいはするのではないでしょうか? それとのバランスを考えるならば、こちらもその程度の値段はやむを得なかったのでは?
最後に、掲載されている写真家のうち、20世紀前半に該当すると思われる作家名をリストしておきます。境界はかなり難しいのですが、とりあえず広めに掲載しておきます。後日、具体的な写真集の名称など、補足したいと思います。また、次第に流動化し続ける「戦前」と「戦後」の境界についても、この本を「ネタ」に後日書いてみたいと思っています。
鳥居龍蔵
石塚三郎
福原信三
福原路草
萩原朔太郎
パウル・ヴォルフ
淵上白陽
野島康三
恩地孝四郎
山本牧彦
西山清
高山正隆
中山岩太
飯田幸次郎
長谷川傳次郎
塩谷定好
山沢栄子
福田勝次
鈴木八郎
大久保好六
近藤福雄
木村伊兵衛
坂田稔
北園克衛
ハナヤ勘兵衛
安井仲治
真継不二夫
岩瀬禎之
田淵行男
入江泰吉
渡辺義雄
堀野正雄
影山光洋
小石 清
土門拳
田中徳太郎
熊谷元一
名取洋之助
田村栄
岡本太郎
桑原甲子雄
植田正治
清水武甲
田中一郎
山本悍右
師岡宏次
緑川洋一
岩合徳光
濱谷浩
臼井薫
増山たづ子
後藤敬一郎
山端庸介
W.・ユージン・スミス
林忠彦
以下「アンソロジー」と「シリーズ」も忘れないように、20世紀前半に絞って記載しておきます。
<アンソロジー>
Dr. Ikkaku Ochi Collection 167
異郷のモダニズム 淵上白陽と満州写真作家協会 168
新興写真の作り方 168
万国心霊古写真集 大心霊科学時代の遺産 1860-1930 168
FRONT[復刻版] 169
<シリーズ>
日本写真史の至宝[全6巻+別巻1] 飯沢耕太郎、金子隆一編 171
日本の写真家[全40巻、別巻1] 飯沢耕太郎、木下直之、長野重一編 190
少し前になりますが、次の本が、2017年に刊行されています。
ヨーロッパの幻想美術 世紀末デカダンスとファム・ファタール(宿命の女)たち
(The Art of Decadence: European Fantasy Art of the Fin-de-Siècle)
解説・監修 海野弘
発売元 パイ インターナショナル
発行元 パイ インターナショナル
「幻想美術」というと範囲が広く、特に、本書の副題にもあるように「世紀末」(19世紀末)が中心になることも多いため、必ずしも積極的には見ていないということがあります。
ところが本書の「第2章 デカダンス・モダン もう1つの世紀末」の最後に「4 シュルレアリスム―世紀末デカダンスの復権」という部分があり、そこで、チェコの
・インジフ・シュティルスキー(Jindřich Štyrský)写真と絵画
・カレル・タイゲ(Karel Teige)写真
の2人の1930年代1940年代の作品が取り上げられていて、めずらしいのでご紹介しました。ともに6点ずつ。ご関心のあるかたは、ぜひ公立図書館などでお探しください。
(それにしても、「Jindřich」を「インジフ」と読むのは、なかなか難しいですね。)
ちなみに、チェコは当時はチェコスロバキアだったので、チェコとチェコスロバキアのどちらで書くかがややこしいのですが、2人とも現在のチェコの首都であるプラハで活躍していたので、あえてチェコと書いています。
なお、このパートで他に取り上げられている作家は、以下のとおりです。
・ハンス・ベルメール
・レオノール・フィニ
・レオノーラ・カリントン
・レメディオス・バロ
・マックス・エルンスト
・ピエール・モリニエ
「電子版の書籍の公立図書館での取り扱い」からは少し離れますが。
電子書籍には大きく2つのタイプがあり、1つは、まんがなどが典型ですが、本のレイアウトのまま電子化するもので(PDFファイルのようなイメージ)、もう1つは、文庫や新書では多いようですが、元の本のレイアウトとは関係なく、スマートフォンでもそのまま読めるような大きな文字で(しかも、文字のサイズは可変で)表示されるものです。文庫や新書にも写真図版などが掲載されていることがありますが、そのような場合には、適切な位置に配置されています。
そして、ここでの問題は、図版が多く掲載されている美術書はどちらのタイプが多くなるのかということです。そもそも、美術書で、電子化されているものが多くないため、十分に確認できませんが、実際には両方があって、いちいち確認しないとわからないのではないかと思います。
そして、さらなる問題は、本のレイアウトのまま電子化されている、または今後電子化される本が結構多いのではないかということです。何を懸念しているかというと、本のレイアウトのままですと、文字が小さくなるわけですから、文字を読むためには、いちいち画面を拡大しないといけない、そして拡大すれば、当然スクロールをしないと1ページを読み通せない、これを毎ページで繰り返すとなると、結構な労力で、長く読み続けることはかなり難しいのではないかということです。すなわち、美術書の電子書籍は読みにくい、美術書は電子書籍に向かない、ということになりはしないか、ということです。
もしかすると、現時点では美術書の電子化が進んでいないような気がするのは、このあたりも原因の1つになっているのかもしれません。
1点書き忘れていたので、取り急ぎ、No.1958に対する追加です。
公立図書館で借りた電子書籍のコピー(複写)はできるのでしょうか?
一般の書籍であれば、あたりまえですが、コピーは可能です。公立図書館によっては、コピー機が設置されているところもあります。公立図書館の一般の書籍をコピーすることは、通常の利用方法として、当然に想定されています。といいますか、コピーは利用者の権利です。
では、電子書籍では?
パソコンの画面で見ているとして、そもそも、各ページのプリントアウトはできるのでしょうか? できるべきですね。
では、特定のページを電子ファイルとして取り込むこと(ダウンロード)はできるのでしょうか? こちらは難しいかもしれません。「特定のページ」で可能だとしても、取り込みを繰り返したら、全ページの電子ファイルを取り込めてしまうかもしれない。望むらくは、技術的に電子ファイル上の取り込みに制限をかけて、1回の貸出中は書籍の半分しか電子ファイルをダウンロードできない、というような形にすればいいのではないかと思います。ただ、2回借りたら、その制限も意味なくなりますが。
電子書籍については、実際はどういう運用なのでしょうか?
いろいろネット上で調べてみましたが、結局よくわかりませんでした。
なお、一般の紙の書籍では、当方の場合、紙でコピーを取る→PDF化する→コピーした紙を古紙として捨てる、ということをする場合があり、紙の無駄が生じています。この無駄が生じないようにするためにも、電子書籍のコピー(ダウンロード)に道を開いていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
最初に、これは、美術館ではなく、博物館の企画となるでしょう。
今まで、20世紀前半ということで、そのころの絵画や写真を中心に美術全般をご紹介してきているわけですが、今回は、それよりももう少し大きな話です。むしろ、美術を取り巻く環境や背景について、言い方をかえれば「舞台」についてと言っていいでしょう。
今までの発想は、舞台の上に載っている美術に視点を置いてきたのですが、そもそも我々は、その舞台について、わかっていたのでしょうか?
見たことも、ましてや住んだこともない、およそ100年前の日本。それを知らずに、その舞台の上に載っているものを十分に理解できるのでしょうか?
ただ、「見た」ことは、多少あるかもしれません。例えば写真で、そして、当時を舞台にした映画のセットで。
そう、映画のセット、それが今回のアイデアの源泉です。
1920年代、1930年代の日本の街、村、風景を原則実物大の模型を中心に使って再現するのです。そして、当時のくらしを、文字通り体験するという企画です。
当時の人は、どういう家に住み、何をどうやって買い、食事はどういう台所で作っていたのか? 工業製品はどこまで普及し、また、電気(?)、水(井戸)、ガス(薪と竈? ガス灯?)などの、現在でいう「ライフライン」はどうなっていたのか?
東京の商店街はどうだったのか、また銀座や新宿という繁華街はどうなっていたのか? 人の賑わいは? モボモガと呼ばれたであろう彼ら彼女らの服装は?
東京、大阪はもちろん、それらの大都市と地方はどうつながっていたのか? 鉄道や自動車による交通・移動事情はどうだったのか?
ようするに、当時の人々は、何を見、何を聞き、何を体験していたのか?
模型はもちろんですが、地図、CG、VRなどあらゆる技術や手法を用いて当時を体験する、そして、当時の前衛的な美術を生み出すこととなった思想の背景や源泉は何かを探ろうという企画です。戦争に向かう前の大正から昭和初期の時代、いったい何が見えてくるでしょうか?
でも、そういった「ごたく」はともかくとして、単純に100年前を体験できるとしたら、とてもワクワクします。とんでもない誤解がいくつも見つかるかもしれません。
実現させるためには、お金も労力も時間もかかりますが、部分的であっても、実現をご検討いただけたらありがたいことです。そうです、一度に全部を実現できなくとも、継続的に部分部分に分けてシリーズ化することも可能です。
なお、もしも「企画」ではなく、パーマネントな(永続的な)「施設」を目指すのであれば、時期は異なりますが、前例として「明治村」がありますね。