少し前になりますが、次の本が、2017年に刊行されています。
ヨーロッパの幻想美術 世紀末デカダンスとファム・ファタール(宿命の女)たち
(The Art of Decadence: European Fantasy Art of the Fin-de-Siècle)
解説・監修 海野弘
発売元 パイ インターナショナル
発行元 パイ インターナショナル
「幻想美術」というと範囲が広く、特に、本書の副題にもあるように「世紀末」(19世紀末)が中心になることも多いため、必ずしも積極的には見ていないということがあります。
ところが本書の「第2章 デカダンス・モダン もう1つの世紀末」の最後に「4 シュルレアリスム―世紀末デカダンスの復権」という部分があり、そこで、チェコの
・インジフ・シュティルスキー(Jindřich Štyrský)写真と絵画
・カレル・タイゲ(Karel Teige)写真
の2人の1930年代1940年代の作品が取り上げられていて、めずらしいのでご紹介しました。ともに6点ずつ。ご関心のあるかたは、ぜひ公立図書館などでお探しください。
(それにしても、「Jindřich」を「インジフ」と読むのは、なかなか難しいですね。)
ちなみに、チェコは当時はチェコスロバキアだったので、チェコとチェコスロバキアのどちらで書くかがややこしいのですが、2人とも現在のチェコの首都であるプラハで活躍していたので、あえてチェコと書いています。
なお、このパートで他に取り上げられている作家は、以下のとおりです。
・ハンス・ベルメール
・レオノール・フィニ
・レオノーラ・カリントン
・レメディオス・バロ
・マックス・エルンスト
・ピエール・モリニエ
「電子版の書籍の公立図書館での取り扱い」からは少し離れますが。
電子書籍には大きく2つのタイプがあり、1つは、まんがなどが典型ですが、本のレイアウトのまま電子化するもので(PDFファイルのようなイメージ)、もう1つは、文庫や新書では多いようですが、元の本のレイアウトとは関係なく、スマートフォンでもそのまま読めるような大きな文字で(しかも、文字のサイズは可変で)表示されるものです。文庫や新書にも写真図版などが掲載されていることがありますが、そのような場合には、適切な位置に配置されています。
そして、ここでの問題は、図版が多く掲載されている美術書はどちらのタイプが多くなるのかということです。そもそも、美術書で、電子化されているものが多くないため、十分に確認できませんが、実際には両方があって、いちいち確認しないとわからないのではないかと思います。
そして、さらなる問題は、本のレイアウトのまま電子化されている、または今後電子化される本が結構多いのではないかということです。何を懸念しているかというと、本のレイアウトのままですと、文字が小さくなるわけですから、文字を読むためには、いちいち画面を拡大しないといけない、そして拡大すれば、当然スクロールをしないと1ページを読み通せない、これを毎ページで繰り返すとなると、結構な労力で、長く読み続けることはかなり難しいのではないかということです。すなわち、美術書の電子書籍は読みにくい、美術書は電子書籍に向かない、ということになりはしないか、ということです。
もしかすると、現時点では美術書の電子化が進んでいないような気がするのは、このあたりも原因の1つになっているのかもしれません。
1点書き忘れていたので、取り急ぎ、No.1958に対する追加です。
公立図書館で借りた電子書籍のコピー(複写)はできるのでしょうか?
一般の書籍であれば、あたりまえですが、コピーは可能です。公立図書館によっては、コピー機が設置されているところもあります。公立図書館の一般の書籍をコピーすることは、通常の利用方法として、当然に想定されています。といいますか、コピーは利用者の権利です。
では、電子書籍では?
パソコンの画面で見ているとして、そもそも、各ページのプリントアウトはできるのでしょうか? できるべきですね。
では、特定のページを電子ファイルとして取り込むこと(ダウンロード)はできるのでしょうか? こちらは難しいかもしれません。「特定のページ」で可能だとしても、取り込みを繰り返したら、全ページの電子ファイルを取り込めてしまうかもしれない。望むらくは、技術的に電子ファイル上の取り込みに制限をかけて、1回の貸出中は書籍の半分しか電子ファイルをダウンロードできない、というような形にすればいいのではないかと思います。ただ、2回借りたら、その制限も意味なくなりますが。
電子書籍については、実際はどういう運用なのでしょうか?
いろいろネット上で調べてみましたが、結局よくわかりませんでした。
なお、一般の紙の書籍では、当方の場合、紙でコピーを取る→PDF化する→コピーした紙を古紙として捨てる、ということをする場合があり、紙の無駄が生じています。この無駄が生じないようにするためにも、電子書籍のコピー(ダウンロード)に道を開いていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
最初に、これは、美術館ではなく、博物館の企画となるでしょう。
今まで、20世紀前半ということで、そのころの絵画や写真を中心に美術全般をご紹介してきているわけですが、今回は、それよりももう少し大きな話です。むしろ、美術を取り巻く環境や背景について、言い方をかえれば「舞台」についてと言っていいでしょう。
今までの発想は、舞台の上に載っている美術に視点を置いてきたのですが、そもそも我々は、その舞台について、わかっていたのでしょうか?
見たことも、ましてや住んだこともない、およそ100年前の日本。それを知らずに、その舞台の上に載っているものを十分に理解できるのでしょうか?
ただ、「見た」ことは、多少あるかもしれません。例えば写真で、そして、当時を舞台にした映画のセットで。
そう、映画のセット、それが今回のアイデアの源泉です。
1920年代、1930年代の日本の街、村、風景を原則実物大の模型を中心に使って再現するのです。そして、当時のくらしを、文字通り体験するという企画です。
当時の人は、どういう家に住み、何をどうやって買い、食事はどういう台所で作っていたのか? 工業製品はどこまで普及し、また、電気(?)、水(井戸)、ガス(薪と竈? ガス灯?)などの、現在でいう「ライフライン」はどうなっていたのか?
東京の商店街はどうだったのか、また銀座や新宿という繁華街はどうなっていたのか? 人の賑わいは? モボモガと呼ばれたであろう彼ら彼女らの服装は?
東京、大阪はもちろん、それらの大都市と地方はどうつながっていたのか? 鉄道や自動車による交通・移動事情はどうだったのか?
ようするに、当時の人々は、何を見、何を聞き、何を体験していたのか?
模型はもちろんですが、地図、CG、VRなどあらゆる技術や手法を用いて当時を体験する、そして、当時の前衛的な美術を生み出すこととなった思想の背景や源泉は何かを探ろうという企画です。戦争に向かう前の大正から昭和初期の時代、いったい何が見えてくるでしょうか?
でも、そういった「ごたく」はともかくとして、単純に100年前を体験できるとしたら、とてもワクワクします。とんでもない誤解がいくつも見つかるかもしれません。
実現させるためには、お金も労力も時間もかかりますが、部分的であっても、実現をご検討いただけたらありがたいことです。そうです、一度に全部を実現できなくとも、継続的に部分部分に分けてシリーズ化することも可能です。
なお、もしも「企画」ではなく、パーマネントな(永続的な)「施設」を目指すのであれば、時期は異なりますが、前例として「明治村」がありますね。
以下は、美術館・図書館の未来(1906)に書いたことのある部分の詳細という位置づけにもなります。
デジタル庁が9月1日に設置されたから、というわけではありませんが、以前から困っていること、新しくて古い問題について書いてみます。
書籍(CDなど他の資料でも同じですが)が公立図書館や美術館等の図書室に所蔵されているか、借りられるのか、閲覧できるのかなどを調べる場合、住んでいる場所の近くの図書館ですぐに見つかればいいのですが、そうでない場合には、インターネット上の個別の図書館・図書室での検索や様々な横断検索をしなければなりません。場合によりますが、その検索回数が10回以上に及ぶことなど、実際にあります。
この状態は、各地方公共団体が、書籍等の検索システムをバラバラに導入し、また、その横断検索すらもバラバラに導入していることが原因であろうと思います。
そして、実は、この実態については、我々一般の利用者側よりも、図書館の職員や司書の皆さんのほうが、むしろ困っているのではないかと思います。
今後の希望ですが、もう書くまでもなく、ほとんど明らかですが、1つのサイトで1回の検索で、すべての情報が手に入る、というシステムの構築です。最近の言葉では、「ワン・ストップ・サービス」でしょうか。「カーリル」を含めて、いろいろと便利なネット上の横断検索はたくさんありますが、1回で検索を終わりにできなければ、意味はありません。検索に時間をかける時代はもう終わりにしたいのです。このようなシステムの構築は、強力なリーダーシップのもとで、多数の機関や団体が管理している膨大な書籍等の情報をいかに統合するかという問題だと思いますが、短時間のうちにこれができなければ、こういう言い方も抵抗はありますが、日本は欧米に負けます。
時間のかかる力仕事の面もありますが、新型コロナの中、働き手は、たくさんいるのではないでしょうか? といいますが、それはAIに適した仕事と言っていいのではないでしょうか?
そして、その「情報統合」「検索統合」はゴールではなく、当然にその先があります。それは、図書館・図書室間の相互連携(相互貸出)です。「その資料は、どこそこの図書館に所蔵されています。あとは、ご自由に直接連絡を取ってください。」ではこれまた意味は全くありません。相互貸し出しをもっと可能にするシステム作りが必要です。一部の「相貸」は実現されていますが、都道府県をまたぐ「相貸」には、まだまだ大きな障害があるのではないかと思います。例えば、北海道の図書館から沖縄の図書館に本を貸し出すなどというのは、手続きも費用(送料)も簡単な問題ではないかもしれません(CDなどは「相貸」自体が全く存在しないと理解しています)。しかし、その点が解決できなければ、「どうぞ、北海道まで見に行ってください」という、この新型コロナのある今後の社会では、ほとんど不可能か、極めて大きな無理を要求することになります。そこも含めて解決していただきたい。
もちろん、一般の公立図書館ではなく、特に、専門の機関の図書室などは貸出不可の資料ばかりだと思いますので、全部対象にせよとは申せません。しかし、貸出できない資料があるのであれば、さらにその「相互貸出」の先には、電子書籍の共有(書籍の電子化による共有)の模索・実現が待っています。
理想的には、国立国会図書館が将来そうなっていくのかもしれませんが、日本全国でただ1つの電子図書館があり、そこが全国からアクセスでき、どこに住んでいようが、いつでも、自宅や勤務先から、およそあらゆる書籍(和書に限られない、著しく貴重な図書も含む)を閲覧することができる、そういう世界が実現してほしいと願っています。とにかく、AmazonやGoogleなどに先を越されないようにしてください。ちなみに、著作権の問題はどう解決するのか、著作者の権利を守るという姿勢を一貫すれば、解決には道が見えるはずです。
実は、同じ問題が、書籍(やCD等)を購入しようとする場合(新刊・古書も含めて)にもおきています。書店、CDショップ、配信サービスなど、やはり、多くのサイトで検索を繰り返さなければなりません。こちらについても、ここでは詳説しませんが、今後、何とかしていただきたいところです。すでに、「価格比較サイト」のようなものがでてきていますが、結局中途半端なものにとどまっているようで、今のところ主流になるのは難しいようです。そもそも、公的、または公的側面のあるサービスとは異なり、「統合」は極めて難しいとは思います。
繰り返しますが、1回の検索で全部がわかる、そのようなシステムの構築を希望しています。
図書館もショップも、いずれも、どうぞよろしくお願いします。