No,2124の最後に書きました、いまやすでに「当然」となっている、美術展企画に関する特設サイト(1つの展覧会用に独立して制作されるウエブサイト)の功罪(メリット・デメリット)について書いてみたいと思います。
まず、「功」といいますか特設サイト・独立サイトのメリットですが、独立していると、主としてデザイン上・構成上のメリットがあります。すなわち、新聞社等美術館外の主催者側が、デザインもページ構成もかなり自由に制作できるということです。仮に美術館のウエブサイト内のページだと、そもそも新聞社等美術館外の当事者が主体的には(勝手には)制作できません。制作するとしても、かなりの制約を受けるでしょう。また、また当該美術館サイトのすでにある他のページとのデザイン的なバランス・整合性も考えねばなりませんが、これは非常に大変です。独立していれば、その作家や作品の特徴に沿ったような独特のデザインなども可能です。
また、費用の問題も切り離すことができます。すなわち、美術館に負担をかけずに、新聞社等の費用だけで制作できるということになります。
では、デメリットは、何でしょうか? 最大のデメリットは、対象となる展覧会企画の会期が終了するとほどなくサイトがなくなってしまう点でしょう。その展覧会のために制作したのだから、その展覧会が終了したら特設サイトもなくなる、まあ、一応は納得のいく理由です。
例えば、2015年のルネ・マグリット展(2015年3月25日-6月29日:国立新美術館, 2015年7月11日-10月12日:京都市美術館)のサイトは、もうありません。(読売新聞社が制作していうようです。)
他方、「WayBack Machine」で確認すると、それでも、2021年頃まではまだ何らかの情報が残っていたことがわかります。
https://web.archive.org/web/20241201000000*/https://magritte2015.jp/
そして、特設サイトが存在した「あおり」を受けて、開催した美術館にてその展覧会を紹介したページは間違いなくあるにはあるのですが、そちらが、必要最低限の情報しか掲載されていないという状態になっています。他の展覧会(特設サイトが存在しない展覧会)を紹介しているページより内容が劣っているというわけです。外部で、非常に「素晴らしい」特設サイトがあるのですから、美術館サイトで重複した情報を掲載することに時間や費用をかける意味がないと考えるのは普通でしょう。
例えば、上記マグリット展を紹介した国立新美術館のページは、展覧会の概要と構成は掲載されているものの、作品図版も一切なく、チラシも出品作品リストもないという貧弱さです。特設サイトを制作していない他の展覧会の紹介ページよりも内容が劣っています(とはいえ、この美術館は、チラシや出品作品リストは掲載しないことが普通のようです、最低限の情報すら掲載されていないというのは、国立美術館としていかがなものでしょうか?)。さらに、見られなくなっている特設サイトを未だにリンク先として冒頭に掲載したままだ、というていたらくです。
https://www.nact.jp/exhibition_special/2015/magritte2015/
ただ、国立新美術館はまだましな方で、京都市美術館(現・京都市京セラ美術館)などは、2018年以前の展覧会については、一部抜けているほか(なぜか、2015年は抜けています)、展覧会名・会期・会場くらいしか残っていません。まあ、これは、特設サイトが原因ではありませんから、ここでの議論とは関係ありませんが、それにしても、過去の情報(自館の歴史)を何と軽視している美術館でしょうか。ひどいものです。直ちに改善していただきたい。
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition2018
とこのように、特設サイトがなくなってしまうと、その美術展の記録(の一部)が失われてしまうということになります。しかも、その特設サイトを制作していたがために、美術館のサイトのほうには情報を掲載するというインセンティブが失われてしまっていたため、却って貧弱な情報だけが残る、という根本的な問題が存在します。
従いまして、これを防止するため、個人的には、せっかく制作したのですから、特設サイトを永久に残しておいて欲しいと思います。ただ、維持するためには費用もかかるだろうから、なかなか難しいのだろう、それなら、情報の一部(または全部)を記録として美術館のサイトに移植することにすればいいのではないか、などと考えていました。
ところが、たまたま、国立新美術館のマグリット展のすぐ前に開催された「ルーブル美術館展」について、美術館における紹介ページを見てみたら、マグリット展と同様に特設サイトも冒頭に掲載されたままになっており、どうせ消去されていだろうと開いてみたところ、何とそっくりそのまま残っているようです。
ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄
2015年2月21日(土) ~ 2015年6月 1日(月)
https://www.nact.jp/exhibition_special/2015/louvre2015/
https://www.ntv.co.jp/louvre2015/works/
こちらの制作は日本テレビのようですが、同じ読売新聞社系でも、特設サイトの維持に関する考え方が大きく異なるのですね。
たまたま残っているということかもしれませんが、「永久に残す」ということは、まったく不可能ではないのではないか、と思うようになってきました。
ぜひ、今後は、特設サイトを永久に残すような方向を、制作各社にて前向きにご検討いただきたいと思います。とにかく、繰り返しになりますが、せっかく制作したのに、消去してしまってはあまりにもったいないのです。消去することにより、企画の詳細な記録(記憶も?)失われてしまいます。
どうぞよろしくお願いいたします。
以前、No.2105でご紹介した東京国立近代美術館と大阪中之島美術館を巡回する企画「TRIOパリ・東京・大阪 モダンアート・コレクション」ですが、出品作品リストが、次のページに掲載されているので、じっくりと見てみました。
https://www.momat.go.jp/wp-content/uploads/2024/06/558-list_J_0613.pdf
基本的に、
・パリ市立近代美術館(MAM)
・東京国立近代美術館(MOMAT)
・大阪中之島美術館(NAKKA)
の3館の所蔵作品を1館1点の全3点組で次々と紹介していくという企画です。
面白いアイデアですが、濃淡が出てしまうような気もします。
リストの中で、特に気になった作品は、次の2点です。
4-3-1 NAKKA [前]
天野龍一
《鉄橋浸景》
1930年代
1992年度購入
19-1 MAM
ジャン・メッツァンジェ
《青い鳥》
1912–1913年
1937年万国博覧会のために作者から購入
他にも興味を引く作品が多く含まれています。
見に行くことができるでしょうか?
念のため日程を記載しておきます。
東京国立近代美術館:2024年5月21日(火)~8月25日(日)
大阪中之島美術館:2024年9月14日’(土) – 2024年12月8日(日)
少し先ですが、次の展覧会が開催予定です。
ミロ展 Joan Miró
東京都美術館 企画展示室
2025年3月1日(土)~7月6日(日)
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ジュアン・ミロ財団、朝日新聞社、テレビ朝日
協賛:DNP大日本印刷
https://www.tobikan.jp/exhibition/2024_miro.html
まだほとんど情報がありませんが、すでに特設サイトも開設されています。
それから、都美のサイトではチラシも掲載されています。
https://www.tobikan.jp/media/pdf/2024/miro_flyer.pdf
とはいえ、「表面」と思われる画像が2種掲載されているだけです。「裏面」はまだできていないんですかね?
あと、早く知りたいのは巡回先です。どこに巡回するかということから、日本の美術館・美術展の状況が見えることがあるからです。関西だけか、名古屋もか、それ以外もか? それぞれで開催されるなら、会場の美術館はどこか?
なお、かつて、東京都美術館は「貸館」(会場貸し)がメインだという印象が強かったのですが、(すでにずいぶん昔になりますが)国立新美術館がその部分を十分に引き取ってくれたためか、大型企画がかなり増えたような気もします。現在開催中のデ・キリコ展も東京都美術館ですし。
最後に、「特設サイト」については、すでに、いつの間にか、ある程度大型の企画については当然という状態になってきています。以前も少し書きましたが、「特設にする」という点の功罪について、別途整理して書いてみたいと思っています。
所蔵作品を対象としたコレクション展ではありますが、東京都写真美術館で、次の展覧会が開催中です。
東京都写真美術館3F 展示室
TOPコレクション 時間旅行
千二百箇月の過去とかんずる方角から
2024.4.4(木)—7.7(日)
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4812.html
対象期間は全体で100年(1200か月)と非常に長いのですが、当然ですが、20世紀前半が含まれています。
以下、ウエブサイトに掲載されている「出品作家」ですが、これだけでも、「20世紀前半」という観点だけからでも、訪問する価値があることがお分かりになると思います。「木村専一コレクション」という名称も見えます。また、作品リストもご参照ください。
第一室 1924年—大正13年
【出品作家】小川月舟、高山正隆、福森白洋、ラースロー・モホイ=ナジ、宮沢賢治、マン・レイ ほか
第二室 昭和モダン街
【出品作家、出品作品】大久保好六、桑原甲子雄、杉浦非水、中山岩太、福原路草、堀野正雄 ほか
第三室 かつて ここで—「ヱビスビール」の記憶
【出品作家、出品作品】「ヱビスビール」関連資料、黒岩保美、宮本隆司
第四室 20世紀の旅—グラフ雑誌に見る時代相
【出品作家、出品作品】大束元、W.ユージン・スミス、雑誌『LIFE』、雑誌『アサヒグラフ』ほか
第五室 時空の旅—新生代沖積世(しんせいだいちゅうせきせい)
【出品作家】岩根愛、川田喜久治、北野謙、木村専一コレクション、佐藤時啓、高木庭次郎、原美樹子、宮沢賢治 ほか
これでコレクション展(所蔵作品展)なのですから、この美術館の所蔵作品の充実ぶりがよくわかります。
それにしても、今さら気づくのも変ですが、日本美術のモダニズムが始まった1920年代は、もう100年前になってしまったのですね。これからの、2020年代後半、2030年代に、100年前、すなわち、1920年代と1930年代の日本美術に焦点を当てたような企画、しかも、21世紀に入ってからの研究成果を存分に生かした企画が出現しないか、期待しているところです。
少し前になりますが、次の本が刊行されています。
もっと知りたいキュビスム アート・ビギナーズ・コレクション
松井裕美
東京美術
2023/10発売
価格 ¥2,420(本体¥2,200)
また、同じシリーズで、次の本が最近刊行されました。
もっと知りたいデ・キリコ - 生涯と作品 アート・ビギナーズ・コレクション
長尾 天
東京美術
2024/04発売
価格 ¥2,420(本体¥2,200)
この2冊は、最近この場所でもよくご紹介している展覧会企画2つにちなんで刊行されたのではないかと思いましたので、揃って選んでみました。
この「もっと知りたい○○ アート・ビギナーズ・コレクション」のシリーズでは、すでにかなりの数の本が刊行されています。確認できた範囲でも、2005年以降120冊に達するくらいは刊行されています。「アート・ビギナーズ・コレクション」と副題がついているように、初心者向けで、ページも100ページ足らずの簡潔な本ではありますが、オールカラーであり、この2冊だけを見ても、松井裕美さん、長尾天さんと、このテーマであれば最適と思われる気鋭の研究者による本で、内容も充実していますので、あなどれません。
特に、デ・キリコのほうは、なかなか展覧会では見ることができないような、1910年代の形而上作品の代表作の図版をかなり網羅的に掲載しており、見るだけでも楽しめます。
他方、キュビスムのほうですが、そもそも、同じ量の本で、一作家と1つのイズムを紹介することに無理があります。その意味では、作者の松井さんが悪いわけではありませんが、どうしても、図版だけで考えてみても物足りない感じがします。それでも、ソ連、チェコまで含めたヨーロッパ各国、そして、アメリカ・メキシコ。さらには日本までこの1冊でカバーしているのですから、むしろ見事というしかありません。
しかし、この物足りなさは、展覧会企画「パリ ポンビドゥーセンター キュビスム展 美の革命」にも同様に言えることなのです。
キュビスム系統の作品を残している作家は、ざっと考えても50人、広めに数えれば100人に上るでしょう。そして、その中でも、さすがにピカソであれば、講談社の「ピカソ全集」で、キュビスム作品もかなり見ることができますが、ブラックですら、和書ではあまり見られないのではないかと懸念します。ましてや、グリスやグレーズやメッツァンジェとなると、あれだけキュビスムを代表しているにもかかわらず、これらの作家単独を対象とした書籍が日本で刊行されることも、日本での個展(回顧展)の企画も、ほとんど期待できません。ちなみに、レジェやドロ-ネー夫妻については、日本でも展覧会がありました。今後も可能性があるでしょう。クプカも展覧会がありましたが(1994年3月18日-5月8日:愛知県美術館, 1994年5月21日-6月26日:宮城県美術館, 1994年7月9日-8月28日:世田谷美術館。東京新聞)、クプカ展が開催されたときは、「よくぞ」と非常に驚いたものです。当方が生きている間には、クプカ展が日本で開催されることはもう二度とないのではないかと懸念します。
いずれにしましても、キュビスムの(またはキュビスム的な)作品を残している個々の作家ごとの和書の刊行が無理なのですから、キュビスム全体を対象として、しかも、図版をある程度網羅した書籍を刊行すれば、それで、マイナーな作家の作品も含まれるのではないかと思います。そういった書籍の刊行を熱望いたします。
ただ、キュビスムの作品図版を広く網羅的に収録するとなると、いったい何ページの本が必要になるのか、と心配になります。しかし、そういった本が、手許に欲しいのです。「マグリット400」ならぬ、「キュビスム400」(いや、400では足りないか)のような本が。ぜひとも。
ちなみに、最近は特に洋美術書に関する情報が十分に手許に入ってきていないのですが、もし洋書であれば、キュビスムに関して網羅的な図版が収録された書籍は存在するのでしょうか? そういう書籍を発見する方法はあるのでしょうか? 最初から想像できますが、グーグル検索やAmazonの検索で、そのような検索をしても、絶対に発見できません。残念ながら時間の無駄になるだけです。AIを活用した検索、といったことが言われ始めていますが、AIの活用で、そのような検索、すなわち書名、著者などの書誌情報からの検索ではなく、書籍の「内容からの検索」ができるようにならないものでしょうか? ただ、おそらく、AIをいくら活用したとしても、もともとネット上に情報がないと「検索」はできないと思いますので、この場でもよく書いている「ネット上のコンテンツの絶対的な不足」(ネット上の情報の絶対的な不足)が足枷になるんでしょう。とすると、現時点で、いや、今後もかなりの期間有効であり続ける方法は、原始的ではありますが、結局は、「詳しい人(専門家)に質問する」ということに落ち着くのでしょう。
なお最後に些末なことですみませんが、「もっと知りたいキュビスム」のほうで、作家の名前に欧文つづりを入れておいていただきたかったところです。最近は、インターネットでつづりなどすぐに見つけられるとは思いますが、Wikipedia日本語版にも項目が作成されていないようなマイナーな作家も含まれていますので、最後の図版索引のところにつづりがあれば、それでよかったのにな、と思います。今後の参考になればと幸いです。