戦後についての企画ではありますが、次の展覧会が開催予定です。
大西茂 写真と絵画
東京ステーションギャラリー
2026年1月31日(土) - 3月29日(日)
主催:東京ステーションギャラリー(公益財団法人東日本鉄道文化財団)
企画協力:MEM
協賛:T&D保険グループ
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202601_onishi.html
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/pdf/202601_onishi.pdf
数学者である大西茂(1928–1994)による写真と絵画。しかし、その作品のシュルレアリスム的な感覚は、余技とは決して言えないものであり、さらに戦前の写真の傾向も想起させ、他に類を見ないものです。
むしろ海外で再評価され始めたということ、MEMのおかげなのでしょう。
日本初の大回顧展、注目すべきです。
これを機に、「主観主義写真」の研究も進み、企画も増えていくことを望みます。そして、戦前の写真とのつながりについての考察も深まっていくことでしょう。
そして、この企画の展覧会カタログは、以下のとおり平凡社から刊行予定です。
入手しやすくなりますので、素晴らしいことです。
大西茂 写真と絵画
東京ステーションギャラリー 編
平凡社
出版年月 2026/02
ISBN 9784582207446
判型・ページ数 B5 240ページ
定価3,850円(本体3,500円+税)
https://www.heibonsha.co.jp/book/b672346.html
それでは、また来年。
よいお年をお迎えください。
次の展覧会企画を発見しました。
キンビ写真コレクション
会期:2025(令和7)年11月22日(土)~4月5日(日)
[前期] 11月22日(土)~2026年1月19日(月)
[後期] 2月 7日(土)~4月5日(日)
※会期中の休館日
12月29日㈪~2026年1月2日㈮ ※年末年始休館
1月20日㈫~1月29日㈭ ※メンテナンス休館
会場:秋田県立近代美術館 5階展示室 (秋田県横手市)
観覧料:無料
面白い企画ですね。
出品作家として、次の写真家の名前が挙がっています。
小西正太郎(1876-1956)
千葉禎介(1917-1965)
大野源二郎(1924-2023)
南利夫(1919-2012)
中村征夫(1945-)
この中には20世紀前半に作品を残している写真家もいるのではないかと思います。
しかし、残念ながら、この美術館のサイトには、これ以上情報がないのです。1人1人をネットで検索しなくてはならないのでしょうか?
美術館のウエブサイトには、この企画の出品作品リストや、全員とは言わないまでも、出品作家の経歴を載せていただきたかったところです。
郷土の作家であるのなら、この展覧会に限らず、それぞれの地域の美術館において各作家を紹介しておく価値があると思いますので、郷土の作家とその作品を紹介する独立したページすらあってもいいのではないかと思います。
特に、「郷土の作家」であれば、他の地域の美術館などで紹介される可能性は、逆に低くなるのではないかと思います。その意味では、その郷土の美術館の、いわば責務として、積極的に紹介していただくことが望まれます。もしも、他の美術館、博物館、資料館などですでに紹介されているのであれば、展覧会の紹介ページなどでは、ぜひその別のページのリンクを貼っていただき、作家ごとの検索が不要になるよう工夫していただきたいところです。
いろいろと書きましたが、世の中には情報が偏っており、「郷土の作家・美術」についての情報はなかなか存在しないということが現状で、困ったことだと考えています。
そして、そのような「郷土の作家」を各美術館でそれぞれ紹介していただくことが定着してくれば、それを横断的につなげて、その美術館間での交流・連携が可能になるのではないかと思います。やがては、いくつかの地域の「郷土の作家」をつなげた企画、例えばA美術館ではその美術館でしか実現できない「郷土の作家A」を取り上げ、B美術館ではやはりその美術館でしか実現できない「郷土の作家B」を取り上げ、これらを1つの企画へと織り上げれば、美術館横断的に巡回も可能になるのではないかと思います。
例えば、このスレのテーマにあえて近づければ、1920年代、1930年代の「郷土の作家(写真家)」の写真作品を、例えば全国10館分集めて1つの企画とし、「郷土の写真家」などと名付けて、その全国10館を巡回するというような企画が考えられます。はじめは、各地方ごとでもいいのですが(例えば、「北海道、20世紀前半の郷土の写真家」などが実現すれば、それだけでも、当方にとってはこの上ない企画です)、やがては全国まで拡大すれば、と夢想しております。
ぜひ、よろしくお願いいたします。
また、来年の展覧会企画の情報です。
カンディンスキー 世界は鳴りひびく
2026年7月19日~9月3日:栃木・宇都宮美術館
9月12日~10月28日:宮城県美術館
11月7日~12月27日:長野県立美術館
「約四半世紀ぶりの大回顧展」と書かれていましたが、東京国立近代美術館などを巡回した企画以来ということでしょう。ただ、国内所蔵品を中心としているようですので、内容の充実度はやや劣るというところになるでしょうか?
ただ、そうだとしても、それなりに充実した内容になるのではないかと予想されますので、問題はそこではありません。
ここで注目したい問題は、以前も他の展覧会企画で同様のことを指摘したことがあるように思いますが、巡回先です。東京都内に巡回しないこと、さらに、関西圏にも全く巡回しないことです。
比較されている前回の「カンディンスキー展」は、次のような巡回状況でした。
・東京国立近代美術館(2002年10月~12月)
・金沢21世紀美術館(2003年1月~3月)
・京都国立近代美術館(2003年4月~6月)
・愛知県美術館(2003年7月~9月)他
せっかくの重要な企画なのですから、そして、海外から借りた取り扱いの難しい作品ではなく、国内所蔵品を中心とするのですから、なおさら巡回は容易ではないかと思いますので、ぜひ、関西にも、四国にも、九州にも、北海道にも、(もしも読売新聞系の企画であれば、美術館連絡協議会も活用して)広く巡回をしていただければと思います。
今回についても、また今回が無理であれば今後について、ご検討いただきたく、よろしくお願いいたします。
年末が迫り、来年の展覧会企画の情報も出始めています。
その中で、少し先になりますが、次の展覧会をご紹介します。
20世紀後半が対象ですが、20世紀前半でも同様の企画を期待しつつ、ご紹介します。
まなざしの奇跡日本女性写真家の冒険
2026/7/4(土)~8/26(水) 休館日未定
会場:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/26_kiseki.html
海外(フランスのアルル国際写真フェスティバル他)で巡回していた企画が日本に戻ってきて開催されるということです。会場の「ヒカリエホール」は、現在立てなおしで休館中の「Bunkamuraミュージアム」と実質的に同一と考えていいようです。
1950年代以降の作品、約30名の女性写真家、約200点の作品だそうです。
また、日本の特徴の1つである「印刷文化にも焦点を当て」るということで、その点にも期待できます。
主な出展作家(29名)とキュレーターを掲載しておきます。
【出展作家(50音順)】
石内都/石川真生/今井壽恵/岩根愛/潮田登久子/岡上淑子/岡部桃/オノデラユキ/片山真理/川内倫子/小松浩子/今道子/澤田知子/志賀理江子/杉浦邦恵/多和田有希/常盤とよ子/長島有里枝/楢橋朝子/西村多美子/蜷川実花/野口里佳/野村佐紀子/原美樹子/藤岡亜弥/やなぎみわ/山沢栄子/米田知子/渡辺眸 ほか
[キュレーター]
竹内万里子、ポリーヌ・ヴェルマール(Pauline Vermare)、レスリー・A・マーティン(Lesley A. Martin)
[企画]
Aperture
なお、外国のキュレーターには、欧文つづりを追加しています。
また、次のページによれば、本展の海外でのタイトルは、次のもののようです。
「I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now」
次の番組がNHKで放送されていました。
未解決事件
File.07 ベルトラッキ贋作事件〜世界をだました希代の詐欺師〜
放送日:2025年11月22日(土)午後10:00
なお、ヴォルフガング・ベルトラッキ(Wolfgang Beltracchi)については、日本版Wikipediaにも記事がありました。
贋作の対象となった作家は、おそらく絵の具などの画材から贋作であることが判明されにくくするように(古い作品になると現在と画材が大きく異なる)、20世紀前半の作家を多く選んでいるのだと思いますが、その意味でも、関心が持てました。
また、贋作の対象であった作家は、「ピカソ」などもっとも有名で、しかも研究が尽くされている作家を避け、それでも、ある程度有名でレゾネもあり、美術館が収集しようと考えるような作家を選んでいたという事実も、興味深いことでした。
日本での例として、高知県立美術館所蔵のカンペンドンクの贋作、山田養蜂場所蔵のキスリングの贋作が取り上げられていました。
ポイントのずれたコメントかもしれませんが、贋作の対象となった作家の中では、アンリ・エダン(Henri Hayden. 1883.12.24 - 1970.5.14)というポーランド出身のキュビスム系の画家に興味を持ちました。
本人のインタビューでは、ほとんど罪悪感がない、ある意味また贋作を描くかもしれないという感じがあったのが印象的でした。実際に誰が描いていようが、対象とされた画家本人の作品と判断されるような「質の高い作品」だったらいいではないか、という考え方のようです。他方、所蔵者や関係者は贋作であることをなかなか認めたがらないであろう、という美術の専門家のコメントもありました。確かに、贋作とされた場合は、かかわった人々に真作だと間違った判断をしたことに責任が発生するかもしれませんし、美術館であれ個人であれコレクションの中に1点でも贋作が混ざってい場合にはコレクション全体の信頼性が失われてしまうかもしれません。
本番組から考えさせられるのは、美術作品の「本物という価値とは何なのか?」ということです。
同じ絵画であっても、真作であれば価値があったが、ベルトラッキの手による贋作であると判明したらば、そのとたんに価値がなくなってしまう。しかし、それは、絵画の内容そのものの問題ではなく、そっくり同じ絵でも、有名な作家が描いていたら価値があり、有名でない作家が描いていたら価値がないということにならないか、ということです。要するに、作品の価値は、その内容によるではなく、誰が描いたか、より端的には、有名な作家が描いたかどうかによって決まると。同様の作品価値の「下落」は、贋作ではなく、単に間違って有名な作家の作品だと判断していたことが判明した場合にも、同じように起きうることです。そして、逆に考えれば、有名な作家が描いた「本物」でありさえすれば、その内容に仮に劣る部分があっても、高く評価されるということになるのか、という問題です。
また、贋作であることを所蔵者が認めなければ、真作のままであるといえるのか、また真作としての価値がそのまま続くのか、という問題があります。さらに考えると、個人所有の場合、事実として真作であれ贋作であれ、同じ作品であり、所有者が「真作だ」と言い張るのであれば(それをどこまで信じているのかは別の問題として)、それを周りの専門家が否定したり、真贋判定をすべきだと主張しても、それ以上解決には向かわないでしょう。例え、公的には贋作と認められ、もしもレゾネがあるならばそこから削除されたとしても、所有者が「真作と信じている」と主張するのあれば、その所有者にとっては、カギカッコつきの「本物」といってもいいのかもしれません。そのほうが、所蔵者にとっては「幸せ」かもしれません。他方、その状態でも、美術館のような公的な機関の所蔵でない限りは、ほとんど誰も迷惑しないでしょう。そのようなこと、すなわち「本物」とは誰にとっての「本物」のことなのかが、この贋作事件が投げかけている問題の1つのような気がします。
一般に真作かどうかの判定は非常に難しいわけですが、ベルトラッキの贋作は、あまりに真作に似ており、それに輪をかけて判定が困難であり、専門家でさえ贋作であることを突き止めることが難しいようですので、余計に話がややこしくなります。さらに、ベルトラッキ本人は、贋作を描くことが楽しくて仕方ないようで、それを自分の名前ではなく、他人の名前で(すなわち贋作として)評価されることに、何も疑問を感じていないようでした。変な言い方かもしれませんが、贋作だと分からなくてもうれしいし、贋作だとわかってしまってもうれしい、ということのような気がしました。これは、作家の「名前」ではなく、絵画の「内容」に重きを置いているという点で、的を射ているようにも思えます。
なお、現代美術では「アプロプリエイション」という手法で、他人の作品を自作に取り入れることはありふれたことです。「取り入れる」とはいえ、他人の作品そっくりの作品を制作して自分の作品としている場合すらもあり、贋作との違いは、自分の「名前」で発表するということだけです。
贋作を肯定する気は全くありません。真作だと判断していた作品が、最終的に贋作だと確定した場合の所有者や関係者の落胆や怒り(作家本人がその作品を完成させるまでに体験したであろう様々な苦労や苦悩をないがしろにした、単なる「模倣」でしかない)、それ以上の複雑な感情も理解できると思います。ただ、全体として、思った以上に単純な問題ではない、少なくとも美術の分野における価値判断のシステムに一石を投じるくらいの大きな問題だという感じを受けました。
なお、ベルトラッキの父は画家であったが、有名な画家ではなかったので、作品が高く売れることはなかった、というようなエピソードが紹介されていましたが、これらの贋作は、そのことに対する復讐というか、皮肉という側面もあったのではないでしょうか?
番組の最後はいやな終わり方ですが、ベルトラッキ本人のコメントで、「(ドイツの捜査当局が作成したベルトラッキの贋作リスト(図版入り)を目の前に)抜け落ちているよ、200枚も」ということでした。