もう1年前ですが、昨年、次の本が刊行されています。
さまよえる絵筆
東京・京都 戦時下の前衛画家たち
弘中智子(板橋区立美術館・学芸員)・清水智世(京都府京都文化博物館・学芸員)・編著
みすず書房
2021
これは、編者の肩書から予想できるように、編者の肩書にある2館において昨年開催された同名の展覧会の展覧会カタログという位置づけの本で、みすず書房の本としては、大変珍しいのではないでしょうか?
その内容はサブタイトルが示す通りですが、ようは、「前衛絵画」が戦争に死滅させられることなく、様々な道を模索していた、ということを紹介しています。
表紙に記載されている画家名27名を書きますと以下のとおりです。
福沢一郎
小川原脩
杉全直
吉井忠
古沢岩美
靉光
麻生三郎
寺田政明
松本俊介
難波田龍起
山口薫
小野寺利信
長谷川三郎
北脇昇
小牧源太郎
吉加江清
小石原勉
原田潤
安田謙
今井憲一
松崎政雄
井上稔
田村一二
三水公平
小栗美二
杉山昌文
島津俊一
以上の見慣れた名前の多い顔ぶれを見るだけでもうれしくなりますが、中身も、かなり重厚です。
本日はこれだけですが、今後さらに詳しくご紹介できればと思っています。
とにかく、一般書であるため、公立図書館でも容易に見ることができる、という点が、大変うれしいことです。
最近ではないのでしょうが、「国立国会図書館デジタルコレクション」というものが公開されています。
戦前の美術雑誌・写真雑誌なども見ることができる便利な情報源です。
とはいえ、「インターネット公開」はほとんどないので、どこででも見られるということではありません。
とはいうものの、実は、全国各地の公立図書館備え付けの端末で見られるものはかなりたくさんあって、思った以上に活用できそうなことが、恥ずかしながら最近分かりました。
https://www.dl.ndl.go.jp/ja/soshin_librarylist.html
具体的にどの資料(書籍・雑誌)を見ることができるのか、詳細な確認はこれからですが、各公立図書館で見られるのであれば、国立国会図書館まで足を運ぶ必要もなく、コピーを取り寄せる必要もなくなり、非常に便利です。
ただ、なぜ、70年以上も古い戦前の雑誌などまでも「インターネット公開」が進んでいないのか、大いに疑問です。もしも著作権がそれを妨げているのであれば、日本における著作権は、著作物の利用・活用に対する制限が強すぎるのではないか、と思います。
取り急ぎ、以上を共有させていただきたいと思います。
5年以上昔の本ですが、先日ポスターの本のご紹介をしましたので、その関係であえてご紹介します。
プロパガンダ・ポスターにみる日本の戦争
135枚が映し出す真実
田島奈津子・編著
勉誠出版
2016年
第二次世界大戦時の日本政府主導のプロパガンダ・ポスターが、終戦時の政府の焼却命令に反して、長野県の会地村(現・阿智村)という村の当時の村長が個人的に保管していたことが発見され、やがて遺族が村に寄贈するとともに、テレビ信州のニュースで報道され、とうとうこの本にまとまったという経緯があるものです。
編著者の田島さんというかたは青梅市立美術館学芸員ということですが、出版社からもうかがえるように、この本は「美術書」というよりは「歴史書」といえるでしょう。ただ、制作者の個人名が可能な限り記載されているようなので、ポスターをその内容だけでとらえるのではなく、デザインの観点からも見る姿勢が見られ、大変うれしいことです。
この本はそういう意味でも優れたものであり、もっと広く世の中に紹介されるべき書籍だと思います。しかし、その内容についてではなく、この本から受ける印象は、個人的には実は極めて絶望的なものでした。おおむね、次の2点に整理できます。
まず、そもそも、ポスターというメディアが、量的に、ほとんど無限のものを対象にせねばならないのではないかという点です。この本に掲載されているポスターは、1937年~1945年に制作されたものですが(正確には、その期間に会地村に送付されたということでしょう)、わずか9年間で、しかも、プロパガンダという非常に限られた分野で、135枚も存在することになります。しかも、それが、この時点までで、ほとんど世の中には紹介されていなかったということなのです。この期間(例えば、明治以降、このスレに対象20世紀前半ということで、1945年までということであっても)と範囲をより一般に拡大した場合、いったいどれくらいのポスターが日本にあったことになるのでしょうか? それをどうやってまとめていけということなのでしょうか?
そして2点目として、そのようなポスターが、いったいどの程度残っているのか、そして発見されているのかということを考えると、暗澹たる気持ちになります。これは、ポスター一般が破棄されずに保存されている可能性が非常に低いということと関係します。今回のように、戦前のポスターがまとまって比較的良い状態で保管されていたということが、偶然であり、まさに奇跡なんだと思います。ポスターというものは実際そういうものなんだと思います。
いやいや、以上のようなことは、むしろ、ポスターに関しては、今後もいろいろな発見が起こり得て、その結果、研究を様々に拡大していくことのできる可能性が高い、ということを意味しており、ポスター研究というのは、希望に満ちた分野なんだというとらえ方もあるのかもしれません。さらに、こう考えればいいともいえます、すなわち、「ポスター全体」などという荒唐無稽なことをはじめから考える必要はなく、見つかったもの、そこにあるものをそれぞれ点としてとらえていけばいい、それがやがてつながり線や面になることがあるかもしれないが、それは幸運なことであり、そしてその限りで構わない、はじめから線でも面でもないからと、線や面になる可能性がないからと絶望する必要はないのだと。しかし、当方としてはその考え方には直ちには与しません。悲観的と言われてしまえば、それまでなのですが。
先に、No.1992でご紹介した東京都写真美術館の前衛写真の企画のタイトルと詳細が公表されています。
以下、タイトルと、構成をなす地域と出品作家だけ引用します。
アヴァンガルド勃興 近代日本の前衛写真
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4280.html
展覧会構成
序章|前衛写真が成り立つ以前―同時代の海外作家
出品作家…マン・レイ、ウジェーヌ・アジェ、ハンス・ベルメール、アルベルト・レンガ―=パッチュ、セシル・ビートン、ブラッサイ
関西|「浪華写真倶楽部」「丹平写真倶楽部」「アヴァンギャルド造影集団」
出品作家…中山岩太、村田米太郎、安井仲治、河野徹、小石清、天野龍一、平井輝七、樽井芳雄、本庄光郎、椎原治、田淵銀芳、服部義文
名古屋|「なごや・ふぉと・ぐるっぺ」「曙写真倶楽部」「ナゴヤ・フォト・アヴァンガルド」
出品作家…坂田稔、田島二男、山本悍右、後藤敬一郎
福岡|「ソシエテ・イルフ」
出品作家…高橋渡、久野久、許斐儀一郎、田中善徳、吉崎一人、伊藤研之
東京|「前衛写真協会」
出品作家…永田一脩、恩地孝四郎、瑛九、濱谷浩
以上ですが、ちょっと待ってください、当方の期待と少しずれてきていることが見えてきました。
先に書いた3つの期待とは、以下のとおりです。
・従来のほとんど四大都市圏に限られていた範囲を超えられるか?
・はじめて「前衛写真協会」がメインで正面から取り上げられるのか???!!!
・日本の写真が1945年で切断されるという従来の歴史観が大きく変更されるということか?
このうち、第2点は期待通りとなりそうです。
しかし、第1点と第3点は?
特に第1点については、この出品作家の顔ぶれでは1995年に同館で開催された『日本近代写真の成立と展開』をほとんど超えられていないのではないかという点を強く懸念します。
前衛写真と新興写真の境界についても含めて、もう少し、状況を注視しつづけてみましょう。
[下巻目次]
051 パンアメリカン航空のクリッパー号[1939―1942年]
052 「平静を保ち、普段の生活を続けよ」[1939年]
053 士気の高揚――第二次世界大戦[1939―1945年]
054 「不注意な話は命取り」[1939―1945年]
055 「勝利のために土を掘ろう」[1939―1945年]
056 チェスターフィールド(タバコ)[1940年代―1960年代]
057 双眼鏡募集ポスター[1917年、1942年]
058 性感染症啓発ポスター[1942―1946年]
059 リベット工ロージー[1943年]
060 「東京キッド曰く……」[1943―1945年]
061 ノーマン・ロックウェル『四つの自由』[1943年]
062 オーストラリアの交通安全ポスター[1949―1954年]
063 アインシュタイン[1951年]
064 ベトナムのプロパガンダポスター[1953―1963年]
065 B級スリラー映画[1957、1958年]
066 TWAジェット機時代のポスター[1959―1965年]
067 アシーナのポスター[1964―1959年]
068 毛沢東礼賛[1966―1976年]
069 フィルモア・ホール――サンフランシスコ[1966年]
070 チェ・ゲバラ[1967年]
071 ウォーホルの『マリリン』[1967年]
072 マーティン・ルーサー・キング「わたしは人間だ」[1968年]
073 メキシコ・オリンピック[1968年]
074 ウッドストック[1969年]
075 行方不明者のポスター[1969―2005年]
076 ベトナム反戦[1970年]
077 避妊啓発ポスター[1970―1995年]
078 イギリスをきれいに[1970年代―]
079 闘牛ポスター[1972年]
080 禁煙ポスター[1975―2017年]
081 映画『ジョーズ』[1975年]
082 ファラの赤い水着[1976年]
083 アザラシ猟反対[1977年]
084 「労働党は働いていない」[1978年]
085 ミュージカル『キャッツ』[1981年]
086 映画『E.T.』[1982年]
087 核廃棄物輸送列車[1983年]
088 飲酒運転撲滅ポスター[1983―1996年]
089 ライブ・エイド[1985年]
090 エイズ・ポスター[1986―1987年]
091 薬物乱用防止ポスター[1987年―]
092 PETAポスター[1990年―]
093 バンクシー『赤い風船に手をのばす少女』[2002年]
094 トライデント核ミサイル配備反対[2006―2016年]
095 ストーンウォール運動[2007年]
096 オバマの「希望」[2008年]
097 演劇『ハムレット』[2010―2020年]
098 ミュージカル『ハミルトン』[2015年]
099 2輪の引ったくり[2017年]
100 エクスティンクション・レベリオン[2019年]
図版出典
索引