かなり前になってしまい申し訳ありませんが、このスレでも、よくご登場いただいている五十殿利治(おむか・としはる)さんの本をご紹介します。
久米民十郎 モダニズムの岐路に立つ「霊媒派」
五十殿 利治
せりか書房
2022/04発売
価格 ¥4,950(本体¥4,500)
目次
第1章 英国留学と黒田清輝
第2章 戦時下ロンドンでの画家修業
第3章 帰国そして官展出品
第4章 「霊媒派 The Mediumism」宣言と帝国ホテル個展
第5章 レーテルズムと渡米
第6章 ニューヨークにおける作品展示とヨーロッパ再訪
第7章 パリでの個展、最後の帰国
この画家がどういう人なのか、また、その作品がどういうものなのか、「霊媒派」とは何なのか、については、ネット上でもあまり多くの情報はありませんが、それでも、久米民十郎が、ロンドンでエズラ・パウンドやヴォーティシズムと接点があり、また、パリやニューヨークなどの海外での活動もあり、神奈川県立近代美術館で作品や資料が所蔵されているということもわかります。
神奈川県立近代美術館の所蔵作品の中では、特に、次の「Off England」(1918年)という、未来派風の作品が気にかかります。
なお、次のような論文も発見できます。
「タミの夢」 パウンドとヘミングウェイと日本を結ぶ橋
今村楯夫(東京女子大学名誉教授(アメリカ文学))
https://core.ac.uk/download/pdf/230560968.pdf
さらに、神戸学院大学による、次のようなサイトもあります。
久米民十郎研究のための一次資料調査と学際的ネットワークの設営
https://kobegakuin-human.jp/wp/wp-content/themes/human/img/pdf/akai/report002.pdf
いずれにしても、あの五十殿さんの著作ですので、強く期待できます。この本を読んで、久米民十郎の日本美術界における位置を確認したいところです。
少し前ですが、次の本が刊行されています。
共和国の美術―フランス美術史編纂と保守/学芸員の時代
藤原 貞朗【著】
価格 ¥6,930(本体¥6,300)
名古屋大学出版会(2023/02発売)
目次
序章 奇妙な「共和国の美術」成立史にむけて
第1章 「共和国の美術」前史
第2章 マネ生誕百年記念展―「革命的」画家の「保守」への変転
第3章 ピカソからマネへ―アナクロニズムの歴史編纂
第4章 十九世紀絵画の「勝利」と「連続性」の創出―一九三二年ロンドンのフランス美術展
第5章 十七世紀の「レアリスム」と逆遠近法の絵画史編纂―一九三四年の「現実の画家たち」展をめぐって
第6章 ルーヴル美術館の再編と近代化のパラドクス―一九二九年の印象派のルーヴル入りをめぐって
第7章 モダンアートの行方―リュクサンブール同時代美術館と「右でも左でもない」ミュゼオロジー
第8章 棲み分ける美術館―潜在するナショナリズムとコロニアリズム
終章 「共和国の美術」とはなにか
20世紀前半のフランスの美術史の状況を紹介する、興味深い書籍です。
実物をどこかで目にしたいものです。
名古屋大学出版会は、時々、美術に関してすごい本を刊行しますね。
次の本が刊行されています。
マグリット400
ジュリー・ワセージュ
青幻舎インターナショナル(2023/06発売)
価格 ¥3,850(本体¥3,500)
https://www.seigensha.com/books/978-4-86152-908-5/
翻訳者:井上舞
判型:A5変
総頁:480頁
【目次】
1919-1925年 抽象画、シュルレアリストになるまでの試み
1926-1930年 暗黒時代
1927-1930年 言葉とイメージ
1931-1942年 選択的親和性
1943-1947年 陽光のシュルレアリスム
1948年 「牝牛(ヴァッシュ)」の時代
1947-1967年 日常の中の詩
オリジナルは、以下の本のようです。ハードカバーの本のようです。
Magritte in 400 images
Waseige, Julie
Ludion(2021/10発売)
9789493039162
紀伊國屋ウェブストアでの価格 ¥4,666(本体¥4,242)
ルネ・マグリットの作品が(生涯作約1,700点のなかから)400点カラーでというのは、確かに多い。ルネ・マグリットのレゾネも東京の美術館図書室では見ることができますが、行くことができる人は限られますし、図版はカラーでもありません。この本が全国各地の公立図書館に入れば、うれしい限りです。
ところで、Taschenから日本語で刊行されている、ピカソ、ダリ、ゴッホなどの作家のぶあつい作品集などもあり、「大」作家については、多くの図版が見られる状況が次第に整いつつあるのではないかと思います。日本で開催された展覧会の展覧会カタログを入れれば、さらに、多くの作家の作品図版を見ることができるのだと思います。
しかし、20世紀前半の画家でもよりマイナーな作家に関しては、まだまだ容易に見ることができる図版が足りないと感じています。例えば、そういう作家を20人選べば、
20作品×20人分=400作品
と今回の本と同じ400点になりますので、それで書籍としてなりたちそうですが、いかがでしょうか?
とすると、問題は、その20人の選択ですね。それについてはまた後日。
半年近くも前ですが、次の労作が刊行されています。
日本人美術家のパリ 1878-1942
和田 博文
平凡社 2023.2
復刻などでもご活躍の和田さんですので、期待通りといいますか、幅広い資料から丹念に情報を集めて、膨大な量をまとめておられます。
ただ、次の2点が気になりました。
1点目は、和田さんご本人のことというよりは、この書籍をふまえて、続く皆さんが出てくるかという問題ですが、やはり、個々の項目や作家についての掘り下げが足りないと思います。それは、60年余りの期間を1冊の本にまとめ上げるのですから、無理もありません。
やはり、この本をふまえて、それぞれの時代、各テーマ等をどう掘り下げていくか、今後に(他のかたに)期待したいと思います。
なお、レジェに学んだ坂田一男の名前が全く登場しないことは、腑に落ちませんが。
もう1点は、写真家(写真師)の取扱いです。どうしても、画家(と版画家・彫刻家)に情報が集中しています。この期間のパリにいた日本人写真家もいるわけですが、ほぼまったく触れられていません。(なお、とともに、デザイン系も弱い。例えば、里見宗次も、本当にただ触れられているだけという程度です。)
このスレで出てきそうな写真家たちで考えてみましょう。まず、中山岩太が1920年代半ばにはパリにいましたが、まったく触れられていません。巻末の年表にも名前が見つかりません。
続いて、福原信三がパリにいました。『巴里とセイヌ』(1922年)という写真集があるくらいですから。しかし、中山岩太と異なり、「写真家」としての渡仏ではなく、1908年アメリカのコロンビア大学薬学部に留学し、その卒業後1年間にわたりヨ-ロッパ各地を歴訪した(1913年帰国)、ということのようです。福原信三については、この本にも実は名前が出てくるのですが、①帰国後に、パリにいた画家・川島理一郎についての紹介記事を書いたということ、②ヨーロッパから持ち帰った絵画作品を、1932年に日本での展覧会(西洋近代絵画展覧会)に貸し出したということ、のみで、「写真家」としての活動とは全く関係がありません。しかし、パリでの活動は間違いなくあるはずですから、それをまとめることが可能なはずです。むしろ、「福原信三」に関する調査の中で、別途すでにまとめられているのかもしれません。
最後に、No.2025でご紹介した森二良(森亮介)さんが、1930年代のパリにいて、実際に写真家として活躍していました。しかし、この本では触れられていません。
確かに、20世紀前半の写真家は、中山岩太や森二良のような例はまれで、ほとんどが福原信三のようなアマチュアですから、「写真家」がパリに行っている例がまれなんだろうと思います。
と書いていると、実はこの本の中に、その愚かな推測を覆す記述、、新興写真ばかりに注目している当方が陥りそうな間違いに気づかされる記述がありました。
この本の398ページに「パリ在留日本人数と日本人美術家数等(1907~1940年)」という表が掲載されています。当時の外務省の統計情報をまとめた資料ですが、そこに「職業別名称」があって、「写真師、画家」というものと「画家、彫刻家、音楽家、写真師」というものが記載されています。その名称に分類された人の中で、実際に「写真師」が何人含まれているのかは不明ですが(ゼロかもしれません)、そういう分類名称があったということは、写真師でパリまで来ていた人(留学なのか、パリの写真館での研修なのか、理由は不明として)がいたのではないかということが推測されます。
ということで、このあたりの「パリに滞在した写真師」の情報を探り出していただける研究者が続くことに期待したいと思います。究極的には、「日本人写真家たちのパリ」として結実させていただきたいところです。
ということで、気になる点だけを書きましたが、この書籍の価値を否定するつもりはなく、ぜひ、実際に手に取って中身をご覧いただきたいと思います。
第5章 日本型の連携と現代美術、海外へのまなざし
◆連携の本格始動
◆毎日新聞の現代美術展
◆読売アンデパンダン展の胎動・誕生
◆ポロック、ロスコの日本初登場──「読売アンデパンダン展」第3回展
◆国立博物館と新聞社の初の共同主催展──マチス展
◆大画商との提携──ピカソ展
❖COLUMN|並走する舞台芸術の企画
◆世界画壇への窓──日本国際美術展
◆共振する時代の直観
◆新しい美術館の登場
◆百貨店(デパート)の展開
◆日本美術の企画と博物館・美術館、百貨店
第6章 ドキュメント 世界との対峙
◆ルーヴルの名画展を目指して──フランス美術展
◆異文化へのアプローチ──メキシコ美術展
◆世界に開かれた目──ザ・ファミリー・オブ・マン写真展
◆「アンフォルメル旋風」──世界・今日の美術展
◆陛下と皇帝の共演──ペルシャ美術展
◆日本への遠い道──ゴッホ展
❖COLUMN|幻のレジェ展と小林秀雄とのゴッホ巡礼
◆海藤日出男
❖COLUMN|草月
◆乏しい国の文化予算、民間の貢献
◆松方コレクションの遥かな“来日” ──国立西洋美術館誕生前史
第7章 新聞社 それぞれの戦い
◆朝日新聞の名画名品への挑戦
❖COLUMN|パリの日本古美術展
◆衣奈多喜男の大企画──ミロのビーナス 特別公開
◆国側の“プロデューサー” 外交官・萩原徹
◆朝日新聞の快走──ツタンカーメン展ほか
◆毎日新聞の美術展の拡張
◆五輪記念──ピカソ展
◆毎日新聞の20世紀美術展
◆読売新聞、方法論の模索
◆世界をお願い行脚──シャガール展
❖COLUMN|シャガールとミロのヴィーナスの交差
◆読売新聞と西武百貨店の連携
◆フランス政府の後押し
❖COLUMN|追い風となったフランスの文化外交
◆日本経済新聞のトップ外交による海外展
◆急伸する中日新聞・東京新聞
◆並走する産経新聞
◆競争の激化──スペイン美術展vsゴヤ展
◆コレクション展時代の幕開け
◆ドールトの“磁力”と印象派企画の本格的な始まり
第8章 博物館・美術館の展開と100年の到達点
◆博物館・美術館主導の海外展の登場
◆国立西洋美術館
◆東京国立博物館
◆東京国立近代美術館
◆関西における展開
◆海外展に参画する公立美術館
❖COLUMN|百貨店から生まれた画期的展覧会──銀座・松屋「空間から環境へ」
◆国による世紀の展覧会(1)──万国博美術展
◆国による世紀の展覧会(2)──モナ・リザ展
◆ある到達点
エピローグ 「長い20世紀」の終わり
◆百花繚乱の時代へ
◆それぞれの変化
◆「長い20世紀」の終わり
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出典・参考文献
図版一覧
あとがき
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資料編
◆美術展年表
◆美術館開設年表
◆索引(展覧会名/会場名/人名)